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    本のことを知り尽くしている書店員さんがオススメを紹介する読書日記です。

    「staph スタフ」(道尾秀介 著)文藝春秋

     著者初めての週刊誌連載であり、初めての女性を主人公にした作品、と初づくしなのだが、まずは女心のとらえ方に驚愕(きょうがく)

     主人公・夏都は32歳。夫の夢であった「移動車でランチ販売をして生計を立てる」の実現直前、当の夫に「浮気相手と一緒になりたい」と言われ、彼を殴ってさっさと離婚。夏都に残ったのは納車されたランチワゴンだ。意地と、夫の夢につきあううち感じ始めたこの商売の強い魅力から、一人で車のローンを引き受け、ランチ稼業を軌道に乗せようとしている。そのうえ、海外で医師として働く姉の、中2になる息子智弥を半年前から預かっている。ようするに、頑張り屋さんなのだ。

     ある日、移動デリに元夫の浮気相手が来て、自分が何者であるかわざわざ名乗り、申し訳のようにこんにゃくサラダを買っていった。その2日後、夏都は初めて自分を捨てた夫の住居を訪ね、ロコモコ丼とシャケのおにぎりを突き付けるのである。彼女はなぜ、そんなことをしたのか? 女が自分の店に来たことへの復讐(ふくしゅう)か、今は無職である夫に、自分は順調だと見せつけたかったのか。違う。「女が予想してたより不美人だったから」。きゃー!

     男性読者はキョトーン、あるいは女の底意地の悪さに震撼(しんかん)であろう。女性読者は「はい図星です。それにしてもなぜわかる?!」とあわてるであろう。夏都は、「お前が逃した魚はこんなに美人で、お前がつまらない浮気で捨てたお前自身の夢をちゃくちゃくと実現させる人間なんだぞ」と元夫に見せつけたかった。それで立て直したいのは元夫との関係ではなく、自分は明日も大丈夫だという気持ち…。うなずく女性は多いはず!

     メインのストーリーは、夏都と(おい)っ子の智弥、彼の塾の先生、アイドル歌手、その取り巻きといった個性的なキャラクターたちが、有名女優の昔のスキャンダルもみ消しのために奔走する、というものだが、要所で描かれる夏都の女心にシビれる。

     夏都を「頑張り屋さん」と書いたが、女の人って、何と戦っているのかよくわかっていないのだ。男の人だと、明確なライバルがいて、あいつより出世したいとか、モテたいとか、金を稼ぎたいとか、目指すものも、どうやったらクリアしたと自己評価できるかもはっきりしている。ある意味単純。でも女の人って、身の置き場とココロの置き場がちがう。イニシアチブを取りながらも守ってもらいたい、プライドが、行動の誇りや支えではなく、いつのまにかそれ自体が目的になってしまっているなど、複雑で、自分で自分がわからない。男の人にとっては「面倒くせえ!」の一言かもしれないが、同じ女として、夏都はいとおしい。

     道尾さんの書き方もうまくて、こういう自分の面倒くささを、夏都がどうやって知るかが重要。「まさかそんなこと指摘されるとは」と驚く人物に言われるのか、自分自身で気付くのか。夏都の女の部分がひとつ吐露されるたび、読んでいてベタつくどころかある種の爽快さが生まれるのはこういう仕掛けの丁寧さがあってこそ。

     本書のもうひとつの「初」は、タイトルが見慣れぬカタカナ語であること。道尾さん自身に聞いたところ、「古谷実さんの漫画『シガテラ』に影響されて。シガテラってなんだ、となるけど、あの漫画の中でいっさい説明はないんです。かっこいいな、とずっと思っていて、いつかやってみたかった」とのこと。

     で、みなさん、「スタフ」という単語を調べて「??」となり、これ以外のなにか隠語めいた英語の意味があるのでは?と思うでしょうが、出てきたとおりを指す。そしてみなさんは、物語のある箇所を思い出すだろう。

     『staph スタフ』はいわば、心の食中毒を描いているのだ。すぐさま対処すれば無害でいられたのに、放っておいたため、毒になるもの。メインのストーリーの「黒幕」の正体とその理由があまりに切なく、道尾さん、いつかこの人物の5年後、6年後を書いてくれぬかと、願っております。

    書 名:staph スタフ
    著者名:道尾秀介
    出版社:文藝春秋
    価 格:1600円+税

    (代官山 蔦屋書店・間室道子)

    2016年09月15日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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