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    ロンドンと東京、英国と日本。遠く離れた二つの地を、酒と人の物語でつなぎます。
    ケルトの魂

    パイプとハギスとウイスキー(上)…心震わす音色

    ネス湖の北のビール

    • スコットランドの首都エディンバラのシンボルとなっているエディンバラ城
      スコットランドの首都エディンバラのシンボルとなっているエディンバラ城

     東京・南青山のスコティッシュ・パブ「ヘルムズデール」に今宵、3人の男性に集まってもらった。バグパイプ奏者の山根篤氏(56)、日本スコットランド協会代表理事の高橋愛朗(よしあき)氏(59)、「ヘルムズデール」オーナー、村澤政樹氏(45)。いずれも二十歳前後でスコットランドを訪れて以来、その地に魅せられ、エネルギーをもらい続けてきた、「スコットランド贔屓(びいき)」だ。

     スコットランドは、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝氏がウイスキー造りを学んだだけでなく、明治以降、多くの日本人留学生が工業技術を学んだ、いわば近代日本の古里。音楽や食、酒といった文化でも根強いファンがいる。一度好きになったら忘れがたい地だという。

     「ヘルムズデール」は、スコットランド料理とビール、ウイスキーが楽しめるパブ。ネッシーで有名なネス湖の北で造られた香ばしい黒ビール「ブラック・アイル」で乾杯した後、3人にお願いした。「スコットランドでの思い出、どこが好きで、どこが嫌いかを語り合っていただき、そこからスコットランドのエッセンス、奥深くにある、目に見えない何かを浮かび上がらせたいのですが……」

    「第3の肺」バグパイプ

    • 乾杯する高橋氏(右)、山根氏(中央)、村澤氏(左)(南青山のスコティッシュ・パブ「ヘルムズデール」で)
      乾杯する高橋氏(右)、山根氏(中央)、村澤氏(左)(南青山のスコティッシュ・パブ「ヘルムズデール」で)

     「東京パイプバンドを運営している山根篤といいます」。山根さんが語り始めた。東京パイプバンドは1975年のエリザベス女王来日にあわせて結成された日本初のバグパイプ愛好会。山根さんの父、雅巳氏を含む数名の日本人とスコットランド人、オーストラリア人、アメリカ人が集まったのが始まりだった。

     バグパイプは、バッグ(袋)とパイプからなり、バッグパイプともいう。「原理は、お祭りで売っている、ストローに風船がくっついたようなおもちゃと同じ。皮の袋に空気をためこみ、そこから漏れる空気で、複数のリード(発音源)を同時に鳴らす楽器です」。バッグの役割は、自分で吹き出した空気をため、さらに外へと送り出す「第3の肺」のようなもので、皮の肺と人間の肺で「循環呼吸」を作り出すのがコツという。

    • エディンバラ市内の土産物店に飾られたバグパイプ
      エディンバラ市内の土産物店に飾られたバグパイプ

     山根氏は大学に入学した年、バグパイプの演奏を習ってこいと父に言われ、アメリカのサマースクールに送り込まれた。スコットランド出身者は、家紋のように家ごとに異なるタータン模様でつくったキルトをはき、バグパイプを吹くことを誇りとする。スコットランドからの移民が多いアメリカでも、毎年スコットランドから著名な講師を招いてサマーパイプスクールが開催されている。

     父の演奏を間近で見ていたこともあって、2週間のスクールで何とか吹けるようになった。その後も演奏を続け、音響機器メーカーに就職後も、技術者として働きながら、国内外のイベントに参加した。「海外の行事に行くと、言葉は通じなくても、同じバグパイパーとわかると親密になる。パイプが吹けると世界中に友達ができるんです」

     →バグパイプ演奏の動画はこちら

    毛穴で感じる挽歌

     バグパイプはケルト人やローマ人によってヨーロッパ全域に広まり、中世には宮廷音楽や吟遊詩人の楽器となったが、管楽器や鍵盤楽器の発達で廃れていく。スコットランド以外では、アイルランドをはじめスペインのガリシア地方やフランスのブルターニュ地方に残っているぐらいだ。

    • バグパイプを演奏する山根氏(東京・渋谷のアイリッシュ・パブ「フォルチェ」で)
      バグパイプを演奏する山根氏(東京・渋谷のアイリッシュ・パブ「フォルチェ」で)

     スコットランドに伝わるバグパイプはグレート・ハイランド・パイプと呼ばれる大型で大音量のもの。記者が大学時代、スコットランドに行き、初めてその演奏を聞いたとき、心の深いところを揺さぶる何かを感じたことを覚えている。そう山根氏に伝えた。

     「人間の耳は20ヘルツから20キロヘルツまでしか聞こえないといわれるけど、測定してみたら、バグパイプの音は60キロヘルツまで超音波が出ているんです。耳で聞こえない何かを、耳ではない体のどこかで感じさせているんです。それは毛穴かもしれません」

    民族の記憶

    • エディンバラのロイヤルマイルでバグパイプを演奏する男性
      エディンバラのロイヤルマイルでバグパイプを演奏する男性

     大西洋と北海に面したブリテン島の北部と、周囲の島々からなるスコットランド。太古から、ケルト人をはじめ、ピクト人、ブリトン人、アングル人、スコット人、ヴァイキングが交差してきた。9世紀に最初の統一国家ができるが、13世紀以降はイングランドとの長い対立の時代が続くことになる。

     メル・ギブソン主演の映画「ブレイブハート」は、イングランド王・エドワード1世の圧政に立ち向かい、1305年に処刑されたスコットランドの英雄、ウィリアム・ウォレスを描いた。少年だったウィリアムは、戦争で殺された父が墓地に埋葬された日の深夜、仲間がかがり火を掲げ、バグパイプを奏でて亡き父に別れを告げる場面を見た。身寄りのいなくなったウィリアムを引き取りに現れたおじは「禁じられた楽器で、禁じられた調べを奏で、死者に別れを告げている。お前のじいさんが殺された時と同じだ」と語りかける。

    • スカイ島について語り合う村澤氏(左)と山根氏
      スカイ島について語り合う村澤氏(左)と山根氏

     悲嘆を封じ込めた旋律が、世代を超えて共有されてきたせいだろうか。その音色は哀愁を帯びている。「悲しい出来事を歌や音楽で伝えていたんです。だれか死んでしまった人に(ささ)げるラメント(挽歌(ばんか))のような曲が多い。『おばあちゃんはね』といって言葉で物語を伝えてもそれほど伝わらない。でも音楽って伝わる。メロディーは残るじゃないですか」と山根氏。歌い継がれた物語歌のバラードや民謡が残る一方で、忘却のかなたへと消え去った神話や物語もきっとあるのだろう。

     スコットランドの氏族の長は専属のパイパーを抱え、戦争や式典、晩餐(ばんさん)会で演奏させた。イングランドに併合された18世紀には一時、キルトを着ること、ゲール語を話すこととともに、バグパイプも戦争で士気を鼓舞する武器とみなされ禁止された(「スコットランドのバッグパイプ」山根雅巳氏、蘇格蘭<スコットランド>通信1号)。その後、バグパイプの軍楽隊は、勇猛なスコットランド兵士とともにイギリス軍に組み込まれ、戦闘の最前線に立つ。勇壮な軍楽隊の演奏は、毎年8月にエディンバラで開かれるミリタリー・タトゥーをはじめ、世界各地のパレードで楽しむことができる。

    スカイ島

    • スカイ島の古城へと続く道 Photo by helmsdale Jun Iwata
      スカイ島の古城へと続く道 Photo by helmsdale Jun Iwata

     山根氏によると、グレート・ハイランド・パイプの発祥は、スコットランド北西部のスカイ島だという説があるという。インナー・ヘブリディーズ諸島最大の島で、海流の影響を強く受ける「霧の島」。この島のダンヴェガン城の城主に仕える専属のパイパーが16世紀にいたとの記録がある。「このパイパーが7代続いていたこともあって、本物のパイパーになるには7代続く家系と7年の修行が必要だと言われます。江戸っ子3代どころの話ではありません」 

     「ヘルムズデール」オーナーの村澤氏が続いた。「スコットランドに行ったらまずスカイ島に行けと言われるくらい、スカイ島はすごいところ。一日で四季が感じられる。朝は鳥がさえずっているのに、昼間はひょうが降ってくる。その後パッカリ晴れたと思ったら、土砂降りの雨。夜は霧で何も見えない。変化に富んだバグパイプの響きそのもの」 

    • エディンバラ市内の緑地からエディンバラ城を見上げる
      エディンバラ市内の緑地からエディンバラ城を見上げる

     村澤氏お薦めの映画「世界の()てに」は、香港とスコットランドを舞台にしたラブストーリー。白血病と宣告されたケリー・チャン演じる主人公が、希望を求めてスコットランドの「世界の涯ての島」を訪れる。スカイ島ではないが、映画の舞台となった島は、素朴な生を浮き彫りにするほど冴えた空気に満ちている。空と大地、海と陸、生と死がすべて隣り合わせの島に響き渡るのは、バグパイプの澄んだ音色だ。

     →バグパイプ演奏の動画はこちら

     (メディア局編集部 小坂剛)

    <関連リンク>

    東京パイプバンドのウエブサイト

    ヘルムズデールのウエブサイト


    連載「酒都を歩く」(英国編)(ぶりてん数寄)が本になりました。

    • 『酒場天国イギリス』(中央公論新社)
      『酒場天国イギリス』(中央公論新社)


    ◆日本の居酒屋を舞台にした過去の連載企画「酒都を歩く」をまとめた『あの人と、「酒都」放浪 ― 日本一ぜいたくな酒場めぐり』(中央公論新社)はこちらから

    2015年05月26日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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