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    ロンドンと東京、英国と日本。遠く離れた二つの地を、酒と人の物語でつなぎます。
    イギリスのかたち

    ロンドンから福島へ…内科医・越智小枝(1)

    ジョン・スノウ…医師の名のパブで

    • ロンドンで公衆衛生を学んだ越智さん
      ロンドンで公衆衛生を学んだ越智さん

     光が影を、影が光を生む。繁栄を極めた19世紀ビクトリア朝のロンドンには、貧困や犯罪があふれていた。多くの人が貧困にあえぎ、不衛生で劣悪な環境から、伝染病が蔓延(まんえん)する。苦境から後の福祉国家建設へと連なる考えが生まれ、公衆衛生が発展していく。

     ロンドン・ソーホー地区にあるパブ「ジョン・スノウ」は、そんな時代を思い起こさせてくれる。パブの名前になった医師のジョン・スノウ(1813-58)は、ソーホーで流行したコレラの発生源をつきとめたことで知られる。

     スノウは、水道の使用状況と場所ごとの死亡率の関係を分析し、感染源と疑われる井戸のポンプの取っ手を外して使えなくするよう進言し、被害の拡大を食い止めた。パブの前には、彼の功績を伝える取っ手のないポンプとプレートが設置されている。

    • ジョン・スノウの功績を伝えるポンプ
      ジョン・スノウの功績を伝えるポンプ

     2013年11月、このパブで内科医の越智小枝さんに話を聞いた。ロンドン大学インペリアル・カレッジで公衆衛生を2年間学び、帰国する直前のタイミングだった。帰国後は福島県相馬市の相馬中央病院で内科医として勤務する。越智さんに志を語ってもらうのに、「疫学の父」とも言われる医師の名を冠したパブ以上にふさわしい場所はないと思えた。

     東京の私立桜蔭(おういん)高校から東京医科歯科大学医学部に進み、医師となった越智さん。東京下町の病院に勤務していたときに公衆衛生に興味を持ち、2011年10月に渡英した。留学前に起きた東日本大震災でボランティアをしたことから福島との縁ができ、渡英後も一時帰国して相馬市の仮設住宅で健診を手伝った。

     越智さんは2年の英国滞在で何を感じたのか。そして、ロンドンから福島へと連なる、胸中のみちのりを聞きたかった。

    公衆衛生の原点

    • 週末は混み合うパブ「ジョン・スノウ」
      週末は混み合うパブ「ジョン・スノウ」

     パブ「ジョン・スノウ」は、ファッション関係の店やおしゃれなレストランが集まるソーホーの一角にある。美しい木目調の店構え。店の2階にはスノウ関係の資料が飾られている。エールビールをハーフパイント注文し、1階の席に着いた越智さんは「日本に比べて、イギリスの医師は自らの社会的責任を重くみているように感じました」と語り始めた。

     日本の医師は病院や大学、学会といった自らの所属組織への貢献に関心を寄せるが、イギリスでは医師自らが意見や研究成果を常に政府や国会議員に直接届けようとし、社会に自分の研究を役立てることを強く意識しているように感じた。学会と政治との距離も近く感じた。

    • 「疫学の父」とされるジョン・スノウ
      「疫学の父」とされるジョン・スノウ

     「それはイギリスが階級社会であることと関係しているのかもしれない」と越智さんは考える。医学部の学費が高く、多くの医師が豊かな家庭の出身であり、何らかの形で社会に貢献しなければいけないという意識を強くもっていたという。

     「ジョン・スノウをどう思いますか」と問うと、越智さんは「困難な現場に足を運び、問題を把握し、解決策を見つけることで、公衆衛生で大きな業績をあげた人です」と答えた。

     ヨーク出身のスノウは、労働者階級の出身だったが、家柄重視の常識に反して医師を志し、外科医となった。あくなき探究心と真面目な性格から、麻酔科医として成功し、ビクトリア女王にクロロホルムを処方し、無痛分娩を成功させる。

    コレラはどこから

    • ジョン・スノウが作成したコレラの「疾病地図」
      ジョン・スノウが作成したコレラの「疾病地図」

     コレラがインドからアジア、ヨーロッパへと広がり、イギリスに上陸したのは1830年代。コレラは最初、排泄(はいせつ)物や腐敗した肉や植物から発生した悪臭(瘴気(しょうき))によって広がると考えられていた。この頃、ロンドンやグラスゴーといった都市は、悪臭にまみれていた。路地には、肥料として売られる糞尿(ふんにょう)が積み上げられ、汚水は川に垂れ流された。上水と下水は時に混じり合い、水道は吐き気がするほど臭うことがあった。

     悪臭にさらされてもコレラとは無縁の家があることを疑問に思ったスノウは、コレラが患者から人へと感染する消化器系の病気だとする仮説をたて、水を通じた感染を疑う。患者の周りにいる人は念入りに手を洗い、汚染された水は飲まないよう提案した。

    • パブ「ジョン・スノウ」には古い絵や資料が飾られている
      パブ「ジョン・スノウ」には古い絵や資料が飾られている

     ソーホーのブロード・ストリート周辺でコレラが大流行したのが1854年。スノウは人口登録局に行き、コレラによる死者の統計を調べ、家ごとの死者数を1人あたり線1本として地図に印をつけた。のちに疫学分析で不可欠な手法となった「疾病地図」を作成し、局地的に発生している実態を浮かび上がらせた。さらに住民の聞き取り調査で、感染者はブロード・ストリートの井戸水を飲んでいたことを突き止め、感染源の井戸を特定した。取っ手を外すと死亡率は急激に下がった。(『医学探偵ジョン・スノウ』サンドラ・ヘンペル著、日本評論社、杉森裕樹ほか訳)

     パスツールが細菌と病気との関係を立証する以前の出来事。原因物質が特定できなくても、周囲の状況の観察によって感染源を解明することで感染症の流行をストップさせたスノウの行動は、疫学の原点と位置づけられる。

    自分も最前線で

    • フローレンス・ナイチンゲール
      フローレンス・ナイチンゲール

     スノウと同じ時代、医学と深くかかわる看護の分野で大きな足跡を残した人物がナイチンゲールだ。38人の看護婦をつれてクリミア戦争(1853-56)に赴き、イスタンブール近郊の兵舎病院で衛生環境や栄養を改善し、排水処理や医療補給の管理体制を確立した。スノウもナイチンゲールも、問題の最前線に出向き、解決策を見つけた人物。越智さんにとって、仰ぎ見る偉人だ。

     「自分もまた、原発事故と津波被害からの復興に向けて多くの人が奮闘する福島に行き、医師としての務めを果たしながら、医学的に役立つ答えを探したい」。そう決意し、福島行きを決意する。東京暮らしが長い越智さんにとって初めての地方暮らし。福島行きは、ロンドンに続く留学ともいえ、多くのことを与えてくれそうな気がした。

    個よりもシステムの力で

    • ロンドン五輪の開会式に入場するため行列をつくる観客ら(2012年7月撮影)
      ロンドン五輪の開会式に入場するため行列をつくる観客ら(2012年7月撮影)

     イギリス滞在中の2012年夏に開催されたロンドン五輪で印象に残ったのは、食中毒や集団発熱、熱中症といった公衆衛生対策を一歩ずつ準備し、混乱なく大会を終わらせたことだった。原因不明の発熱症状が広がったときの登録システムや、熱射病の警戒システムの構築、検査技師の教育やワクチン接種の推進、テロ発生時の医療機関の対応、緊急搬送訓練、メディアを通じた広報体制の確立など。

     公衆衛生の担当機関は、多くの関係者を巻き込み、役割分担を決めて準備にあたった。五輪開催に向けて蓄積した公衆衛生のノウハウ、計画をパッケージとして、次の五輪開催地・ブラジルに売り出そうともしていた。そうした動きからは、イギリスという国のシステムを構築する能力の高さが感じられたという。

     「個人の能力がそれほど高くなくても、組織で何らかの結果が生み出せるように公衆衛生のシステムが考えられている。それとは対照的に、日本の医学界は組織よりも、個人の力に支えられているように思えました」

    ヒーローがいなくても

    • 帰国後の抱負を語る越智さん
      帰国後の抱負を語る越智さん

     日本人のシステムを作る力が弱いことは、東日本大震災や、それに続く原発事故、そこからの復興の過程で見ても明らかだと考えている。大災害で、多くの勇敢な人々が避難や救助に邁進し、支援に力を尽くしたが、津波や原発事故でどう行動してよいか、避難してよいか、わからない人があふれた。

     「災害時に求められるのはだれでも対応可能なシステムであり、勇敢なヒーローの存在を前提にすべきではない」。越智さんが強く関心を寄せているのは、災害公衆衛生の分野。医療従事者が災害時に安全を確保できなければ、病院としての機能を果たせない。そのためのシステムを作るべきだと考えている。

     越智さんは、災害の被害は、その社会の「閾値(しきいち)」によって決まると考えている。災害は日常生活の延長線上にあるともいう。暑さ、地震、大雨、強風……。同じ程度の異常気象があったとしても、どれだけ準備ができているかで被害は変わってくる。空調や建物の耐震構造、堤防、メディアによる広報体制がどの程度、準備されているか……。

     「災害を機に、高齢化や医師不足といった隠れた地域の問題が現れてくる。災害は社会をよくするチャンスでもあるんです」

     もともと高血圧や糖尿病の人が多ければ、震災後の避難生活で、住民が健康を崩す確率は高くなる。健康な人が多い社会は災害にも強い社会であり、そこに大衆を健康にすることを目的とした公衆衛生と災害との接点がある。

    エートス(気風)にふれる

    • イギリスの女性はとにかく元気。ロイヤル・アスコット競馬場にて(©VisitBritain/Ben Selway)
      イギリスの女性はとにかく元気。ロイヤル・アスコット競馬場にて(©VisitBritain/Ben Selway)

     パブ「ジョン・スノウ」を出た越智さんは「イギリスに来てよかったと思うもう一つは、様々な分野で格好いいキャリアウーマンが活躍する姿を見られたこと」と言い、笑顔を見せた。日本で、「女性は結婚して当たり前、主婦やパートタイマーが普通」との偏見に居心地の悪さを感じたこともあったが、イギリスで颯爽(さっそう)と働く女性の堂々とした姿に励まされた。現場に身を置くことでしか感じ取れないものがある。女性の働き方もその一つ。

     システムは、地域や時代を超えて応用され、発展していく。同じように、人々の内面から立ち上り、社会にみなぎるエートス(気風、精神)は、時空を超えて伝わる。異国の地に身を浸す意味は、そこにある。

     スノウやナイチンゲールの国で過ごし、現場で問題解決に英知を尽くす尊さを知った。それが、越智さんの感じ取った英国のエートスだったのかもしれない。

     

    ▼ジョン・スノウについて詳しく書かれたUCLA疫学部門のウエブサイト(英語)

     

     次回は24日掲載。「クリミアの天使」と呼ばれたナイチンゲールについて、越智さんと一緒に考えます。

     (メディア局編集部 小坂剛)

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    連載「酒都を歩く」(英国編)(ぶりてん数寄)が本になりました。

    • 『酒場天国イギリス』(中央公論新社)
      『酒場天国イギリス』(中央公論新社)


    ◆日本の居酒屋を舞台にした過去の連載企画「酒都を歩く」をまとめた『あの人と、「酒都」放浪 ― 日本一ぜいたくな酒場めぐり』(中央公論新社)はこちらから

    2016年02月17日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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