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    ロンドンと東京、英国と日本。遠く離れた二つの地を、酒と人の物語でつなぎます。
    イギリスのかたち

    ナイチンゲール「不屈の天使」…内科医・越智小枝(2)

    福島の居心地良さ

    • 福島での生活について語る越智さん
      福島での生活について語る越智さん

     ロンドンのパブ「ジョン・スノウ」で話を聞いた2年後の2015年12月、福島県南相馬市で相馬中央病院内科医、越智小枝さんと再会した。話を聞いた原町地区の「だいこんや」は、地元で人気のダイニングバー。帰国し、福島で暮らし始めて2度目の冬を迎えていた。「慣れましたか?」とたずねた。「嫌な季節ですけど、今年は暖かいので幾分楽です。お年寄りと話していて、まだ聞き取れない単語も多いんですけど……」

     ロンドンで会ったときと比べ、元気そうに見えた。「生まれも育ちも東京なのに、みんなに言われます『こっちに来てからの方が生き生きしてる』って」。居心地の良さは、時間の流れ方にも原因があるのかもしれない。

     東京は人が多く、時間のたつのが速すぎた。「福島は、人と人との間に程よい距離感があり、自然と同じようなペースで生きている人がたくさんいる。東京のテンポは機械のスピードであって、生物のスピードじゃないって思います。福島では、時間は東京の2分の1ぐらいの速さで流れて行くように感じます」

    • だいこんやの須藤栄治店長
      だいこんやの須藤栄治店長

     高校時代、車いすの天才物理学者・ホーキング博士が注目を浴びていたが、物理は苦手だった。『ガン回廊の朝』(柳田邦男著)を読み、ガンという困難な病に挑む医師たちの情熱に憧れ、医学部を目指した。社交性があるほうでもなく、とりたてて人間好きでもなかったから、医師より研究者の方が向いていると考えたことも。「人間が地球で突出した存在となっている。生物種として見たときの人間って、地球にとっていらないなと思うことがある」。言葉の端々に、非凡な視点とユーモアが顔をのぞく。

    ナイチンゲールの目覚め

    • ナイチンゲール
      ナイチンゲール

     福島で働く越智さんをたずねたのは、19世紀イギリスで看護や病院のあり方を大きく変えたフローレンス・ナイチンゲール(1820―1910)について聞いてみたかったからだ。同じ医療にかかわる女性として、越智さんはどう見ているのだろうか。

     「ナイチンゲールって『白衣の天使』のようなイメージでとらえられがちですけど、現実はだいぶ違う。人を救うのは愛情ではなく、衛生と栄養。そんなふうに冷徹に考えることのできる人だったと思う」

     多くの人が思い描くのは慈愛に満ち、患者を優しくいたわる姿だが、その生涯は波乱に富んでいる。裕福な両親の3年に及ぶ新婚旅行のさなかにイタリア・フィレンツェで生まれたことから、フローレンスと名付けられた。社交界で活躍し、同じ上流階級の男性と結ばれることが両親の願いだった。だが、ナイチンゲールは慈善訪問で見た貧困と病に苦しむ人の姿が忘れられず、貧しい病人の看護こそ天職と確信する。

     当時、病院は不道徳と不潔がはびこり、看護婦は召使いのような存在と考えられていた。病室は不衛生で、酒が持ち込まれ、看護婦が泥酔して患者のもとに泊まることすらあった。両親は看護の仕事につきたいというナイチンゲールの考えに猛反発する。

     ナイチンゲールは、自らの考えに共感してくれる理解者を上流階級につくりながら、統計資料を読み込み、希望がかなう日を待つ。その後、ロンドンの病院で職を得ると、各地の病院をたずねて実態を調査し、看護や病院の改革に尽くす長いキャリアをスタートさせた。

    • 「福島に来てよかった」と語る越智さん
      「福島に来てよかった」と語る越智さん

     越智さんはこう考えた。東京の大きな病院より、大震災と原発事故からの復興を目指す福島の病院にこそ、自分のなすべきことがある、と。自分のやりたいことこそ真のキャリアだという信念を貫いたナイチンゲールに勇気づけられた。「被災地の現場で公衆衛生の研究ができる。これだけ面白い経験はほかに行ったらできなかった」と今は感じている。

    「ランプの貴婦人」…優しさと強さと

    • ロンドン市内に設置されたナイチンゲールの像
      ロンドン市内に設置されたナイチンゲールの像

     ナイチンゲールを一躍有名にしたのが、ロシアとオスマン帝国やイギリス、フランスなどが戦ったクリミア戦争(1853―56)の兵舎病院での活躍。傷ついた兵士が手当てを受けないまま死んでいく実態が「タイムズ」の特派員によって伝えられると、イギリス国内に衝撃が走る。旧知の戦時大臣からの依頼もあり、陸軍の看護団を率いてクリミアに赴く。

     38人の看護婦を率いて病院に出向き、病院の衛生改革に取り組み、重症患者用に栄養豊かな病院食を提供。多くの兵士が伝染病で命を落とす実態を改善した。病室の夜回りをかかさず、「ランプの貴婦人」「クリミアの天使」と呼ばれる。

     『ナイチンゲール』(長島伸一著、岩波ジュニア新書)によると、現地では軍当局や医師の反発、官僚組織の縄張り意識に苦しめられた。改革に反対する勢力によってナイチンゲール率いる看護団を非難する機密報告書が作成され、陸軍内部に回覧されたこともあった。本国の支援者に膨大な手紙を送り、ひるまず改革を求め続けた。理想を実現するためには政治力も使い、決して屈しない強さがあった。

     ナイチンゲールの90年の人生で、実際の臨床体験は、クリミア戦争での1年半と、それに先立つロンドンの病院での1年の計2年半のみ。短い臨床体験をもとに、その後の50年以上の人生を、陸軍の機構改革や病院の衛生改革、看護学校の設立、インドの衛生改革といった社会活動に捧げた。陸軍医学校が設立され、陸軍医務局に統計課が設置された。

     「ナイチンゲールは看護師として直接みた患者さんよりも(はる)かに多くの人の命を救ったと思う。当時、看護師の社会的地位は低かったから、上流階級に人脈をもつ自分にしか、社会の改革はできないと考えた。貴族だった自分の立場をうまく生かしたんだと思います」。持てる力を最大限発揮した女性だった。

    ナイチンゲールはデータジャーナリスト

    • ナイチンゲールが作成したグラフ。砲弾などの負傷による死者(青色)と伝染病での死者(赤色)、その他の原因による死者(黒色)を示している
      ナイチンゲールが作成したグラフ。砲弾などの負傷による死者(青色)と伝染病での死者(赤色)、その他の原因による死者(黒色)を示している

     英紙「ガーディアン」で、データを駆使したジャーナリズムの中心メンバーだったサイモン・ロジャースは著書『Facts are sacred The power of data』の中で、ナイチンゲールは「データジャーナリストでもあった」と記した。

     クリミア戦争から帰国したナイチンゲールは、戦争で兵士が戦場での砲弾などによる負傷より、防ぎうる伝染病で死亡する割合が多かったこと、そして衛生状態の改善によって伝染病の死者が劇的に減ったことを示すカラーグラフを作成した。

     時計の文字盤のように年月を配置し、死亡率の大きさに比例した長さを円の中心からとり、「伝染病」と「負傷」、「その他」の3種類の死亡率を表示したもの。無味乾燥な数字の羅列を、視覚的に訴える図にした。陸軍全体の病院の衛生改革が必要なことを理解させようという試みだった。こうした報告書を作るため、ナイチンゲールは普段から大量のデータを集めていた。「統計学の草分け」と評されるゆえんだ。

     コンピューターのなかった時代、データを使って知られざる現実を伝えたナイチンゲールはデータジャーナリストだった。死者の統計を地図上に記し、コレラの発生源をつきとめたジョン・スノウも、そうだ。

     課題を発見し、解決への道筋を考え、問題の本質を浮き上がらせる。その営みには、時代がアナログからデジタルに変わっても、普遍的な価値がある。技術の進歩で情報量や伝達スピードが飛躍的に増した現代社会では逆に、問題の本質が見極めにくくなっているというジレンマがある。

     「以前は科学に基づく政策(science based policy)といっていましたが、今は科学を考慮に入れた政策(science informed policy)という言い方になっている。科学の限界を知り、人間の理性的な判断も尊重しなければいけないということだと思います」

     看護師、統計学者、社会活動家、看護教育者。時代の変わり目に多くのことを成したナイチンゲールの輝ける生涯は、越智さんに多くを語りかける。

     ※次回は3月2日掲載。越智さんは医師として福島でどんなことを感じたのか。じっくり聞きました。

     (メディア局編集部 小坂剛)

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    連載「酒都を歩く」(英国編)(ぶりてん数寄)が本になりました。

    • 『酒場天国イギリス』(中央公論新社)
      『酒場天国イギリス』(中央公論新社)


    ◆日本の居酒屋を舞台にした過去の連載企画「酒都を歩く」をまとめた『あの人と、「酒都」放浪 ― 日本一ぜいたくな酒場めぐり』(中央公論新社)はこちらから

    2016年02月24日 09時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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