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    イギリスの食や酒、文化や歴史に魅せられた人のインタビュー、イベントやニュースをお届けします。
    インタビュー

    東大がオックスフォードに勝てない理由

     イギリスに魅せられた人たちを紹介する「酒都を歩く」(ぶりてん数寄)。1年半ぶりにお届けするのは東大教授からオックスフォード大教授となり、『オックスフォードからの警鐘』(中公新書ラクレ)を出版した苅谷剛彦氏。最新の世界大学ランキングでオックスフォード大は1位。一方の東大は39位だった。その差はどこから来るのか。そして、国際化の必要性が指摘される日本の大学が目指すべき方向は--。教育社会学が専門の苅谷氏に話を聞いた。

    世界ランクの裏事情

    • 日英の大学の違いについて語る苅谷氏(高梨義之撮影)
      日英の大学の違いについて語る苅谷氏(高梨義之撮影)

     ニュースで時折、目にする世界大学ランキング。日本の大学の順位の変動に一喜一憂する向きもあるが、そもそもいかなる目的でつくられているのだろうか--。

     「ロンドンの金融街シティーは世界中から人や金を集めてきましたが、同じことがイギリスの大学で起きています。ランキングはイギリスの大学が海外から学生や寄付金を集める上でブランディングの機能を果たしています」と苅谷氏は言う。

     1999年、ブレア首相(当時)はイギリス国内の大学や大学院への留学生受け入れが外貨を獲得する有力な手段となっているとして、受け入れ拡大を打ち出した。その後、国際文化交流機関・ブリティッシュ・カウンシルを通じた宣伝や奨学金の拡大、入国審査の緩和、卒業後の就労機会の確保といった対策がとられる。

     イギリスが2000~01年に海外から受け入れた留学生は23万人。これが15~16年には1.9倍の約43万8000人となる。目立ったのは中国からの留学生だ。00~01年に5%だった中国出身者の割合は、15~16年に21%と急増。中国からの学生は他の国にも留学し、英語圏を中心に世界的な留学生の獲得競争が激しくなる。

     イギリスの教育専門誌が研究や教育の質、国際化といった評価項目に基づき、世界大学ランキングの発表を始めたのは2004年。留学ビジネスでの国家的なマーケティング戦略の一環ともいえるという。

     「イギリスは大英帝国時代からどうやったら国際的な名誉や威信を維持できるかを考えてきました。そして大学を通じて世界中から人を集める仕組みを作りあげた。ランキングもそのひとつで、ルール作りとブランディングは巧みです」

     1000人以上の留学生がいる大学はアメリカでは8.8%にすぎないが、イギリスでは75%にのぼるというデータもある。国からの補助金が減らされているイギリスの大学財政にとって、留学生の多寡は死活問題ともなっている。

     「それほど対策をとらなくても留学生が集まるアメリカに比べ、イギリスの方がランキングの結果が留学生増加に結びつく傾向が強いこともわかっています」

    イギリスと日本の教育の違い

    • オックスフォード大のセントメリーズカレッジ(苅谷氏提供)
      オックスフォード大のセントメリーズカレッジ(苅谷氏提供)

     留学生獲得のためのマーケティング戦略と位置づけられる世界大学ランキングだが、実際の教育内容はどうなのか。イギリスの教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーションが発表する2016-17版のランキングで1位のオックスフォードに対し、日本は東大の39位が最高。苅谷氏は、この結果を当然と受け止める。

     「英語圏で作成されるランキングが欧米の大学に有利な点は否めませんが、とくに文系の場合、入学から卒業までで鍛えられる度合いはオックスフォードの方が東大よりも圧倒的に上です」

     東大をはじめとする日本の大学は大教室での講義が中心だが、オックスフォードでは個別指導のチュートリアルが主眼となる。毎週のチュートリアルでの議論に備え、何冊もの課題図書の講読とA4で10枚ものリポートを課される。それによって批判的な思考や問題を発見し、解決に導く力を養う。これをこなすには毎日8時間の勉強が必要ともいい、「学生にとっても教師にとっても楽できない仕組みです」。

     苅谷氏が強調するのは、独自の発想やアイデアを生み出すには、土台となるインプットが不可欠という点。

     「イギリス人は、強制があってはじめて主体性や自由が生まれるというパラドックスを理解している。入り口であらかじめ決められた多くの文献を読ませるかわりに、出口のところで論文や議論に主体性、独自性を求める。これがものを考える基本。日本の大学は最初のインプットが弱い。インプットなしに書いたり、議論したりするといっても独自性は出せない」

     日英の大学を比較した著書『イギリスの大学・ニッポンの大学』(中公新書ラクレ)で苅谷氏は、次のようなエピソードを紹介している。オックスフォードでは専門は何かを聞くとき、「何を勉強しているのか」といわず、「何を読んでいるのか」と聞く。中世から続く大学の学びの中心にあるのは読むことで、分野ごとに読むべき本は共有されている。だから、何を読んでいるかわかれば、専攻やどんな知識を持っているかわかる。

     これに対して、日本の大学の特徴は、課題図書のない聞き取り中心の講義が主体。「右の耳から左の耳へと通り抜ける話の集合体」と苅谷氏は評する。最近、日本の教育現場でも講義形式の授業から脱却する意味で、発表や討論を通じて生徒が主体的・対話的に学ぶ「アクティブ・ラーニング」の必要性が指摘されている。だが、苅谷氏は「前提として、多くの書物に目を通すなど基本的な知識を身につけることが先決。それを省いて表面的なところだけまねしてもダメ」と警鐘を鳴らす。

    日本の大学が目指すべき道

     「今後10年間で世界大学ランキングトップ100に10校以上をランクインさせる」。大学の国際化を進めるとして首相の諮問機関は2013年に目標を掲げた。各大学とも、海外経験のある教員や外国人教員の採用、海外大学との連携、英語での授業の拡充を進めている。

     ただ、苅谷氏はそこに落とし穴があると考える。

     「いくら外国人教員の数や英語の授業を増やしても、そのために外国人留学生がわざわざ日本の大学に来るとは思えない。ランキングを意識して表面的な対策をとるよりも、日本でしか学べない研究分野に力を入れ、世界への発信を心がけるべき」

     英米のトップ校を卒業すれば、世界中に就職の機会が広がるのに対して、日本のトップ校を出ても海外で就職できるかはわからない。特に日本の人文社会系の大学、大学院は、理系に比べ国際化が遅れている。また、文系の大学院が日本の労働市場では評価されない傾向もある。

    • オックスフォード大クライストチャーチカレッジのダイニングホール(苅谷氏提供)
      オックスフォード大クライストチャーチカレッジのダイニングホール(苅谷氏提供)

     それでも、他のアジアの国々に比べて、日本人は伝統的に世界に追いつこうという意識を持ってきた。近年、ジャパンウイスキーが国際的なコンテストで世界一を獲得する例も出てきているが、苅谷氏は「明治以来、日本人は西洋に追いつき、対抗しようという意識を持ち続けてきた。製造業だけでなく国際的に評価されたいという意欲は高く、体格でかなわないラグビーや陸上競技でも世界と競おうとするように、様々な分野で日本独自のものを作り出す潜在力がある」と指摘する。

     日本の大学は、留学という欧米の一大ビジネスを背景とする世界大学ランキングに踊らされるのではなく、もっと日本独自のものにこだわるべきというのが苅谷氏の主張だ。

     「旧植民地から将来のエリートが学びに来るイギリスやフランス、優秀な学生が集まるアメリカに比べ、日本は集客力で劣る。優秀な学生を集めようと思ったら、同じ方向を目指すのではなく、日本独自の文化と歴史をつかい、ほかの国とは違うことを学べるようにするべき」

     苅谷氏は、村上春樹の作品が世界各国で読まれているのは、翻訳されても欧米にはない日本的な何かが残るからだし、ジャパンウイスキーが世界的な評価を得たのも日本人の繊細さやこだわり、職人的なものを積み重ねた結果だと考える。「日本の大学教育は、英米とは違う発想で、日本の経験や文化、日本的な何かをかませることで、国際的に通用する価値を生み出すことを主眼におくべきではないか」と話している。

    (知的財産部 小坂剛)

    プロフィル
    苅谷剛彦( かりや・たけひこ
      オックスフォード大学社会学科および現代日本研究所教授、セント・アントニーズ・カレッジ・フェロー。1955年生まれ、都立墨田川高校を卒業後、東京大学に進学。東大大学院教育学研究科修士課程修了、ノースウェスタン大学大学院博士課程修了、Ph.D(社会学)。東大大学院教育学研究科教授を経て2008年から現職。著書に『大衆教育社会のゆくえ』『教育の世紀』など多数。中公新書ラクレの「グローバル化時代の大学論」シリーズに、『アメリカの大学・ニッポンの大学』『イギリスの大学・ニッポンの大学』がある。最新刊に『オックスフォードからの警鐘』(中公新書ラクレ)。

    • 『イギリスの大学・ニッポンの大学』(中公新書ラクレ)
      『イギリスの大学・ニッポンの大学』(中公新書ラクレ)


    ◆連載「酒都を歩く」(英国編)(ぶりてん数寄)が本になりました。

    • 『酒場天国イギリス』(中央公論新社)
      『酒場天国イギリス』(中央公論新社)



    ◆日本の居酒屋を舞台にした過去の連載企画「酒都を歩く」をまとめた『あの人と、「酒都」放浪 ― 日本一ぜいたくな酒場めぐり』(中央公論新社)はこちらから

    2017年08月13日 11時10分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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