<速報> 空自浜松基地所属のヘリ、通信途絶える
    文字サイズ
    セクハラやパワハラ、ネット犯罪に対処するための法律の知識が身に着くコラム。

    野球場での打球事故に対する責任-防球ネットの是非

    相談者 TTさん

    • イラストレーション・橋本真貴子
      イラストレーション・橋本真貴子

     私は子供の頃から野球が大好きで、プロ野球では読売ジャイアンツの大ファンです。ここ数年はさらに応援熱が高じまして、東京ドームのシーズンシートを2席購入して、小学3年生の息子と一緒にほぼ毎試合観戦しています。ちょっと贅沢(ぜいたく)ですが、私はゴルフもお酒もやらないので、妻には「唯一の趣味だから」と言って許してもらっています。

     東京ドームには、選手たちと同じ目線で野球観戦できる「アットホームエキサイトシート」というシートがフィールド上に設けられています。このシートには防球ネットが張っていないため、クリアな視界で観戦できるだけでなく、時には打球や選手が飛び込んでくる臨場感満点のシートなのです。アメリカのメジャーリーグの球場でおなじみですよね。

     この席は前年からシーズンシートを購入している人のみが申し込み可能で、抽選に当選すると購入できます。息子も臨場感満点のシートでジャイアンツの試合をどうしても観戦したいと言ってきまして、今シーズンの20試合特別プランに2席応募したところ、なんと当選してしまいました。まさに歓喜。息子と手を取り合って大喜びしたほどでした。

     すでに何回かこの席で野球観戦をしましたが、やっぱりすごいですよね。打球がすごい勢いで飛び込んで来て、息子なんか試合中ずっとグラブをつけて臨戦態勢です。時には、打球を追った選手が倒れ込んできたりして、今まで味わったことのない臨場感を味わうことができて、大満足しています。

     しかし、ちょっと気になる記事を先日読みました。

     札幌の球場でプロ野球観戦中にファウルボールが当たって失明した女性が、主催球団や球場の管理会社や球場の所有者に損害賠償を求めた訴訟で、原告の請求が認められたという記事です。

     安全面も確かに非常に大事だと思いますが、球場ではファウルボールがスタンドに飛んでくるのは当然で、観客も注意する義務があるのではないでしょうか。こういった判決を受け、安全面を重視して、臨場感のあるシートにも防球ネットを設けられてしまうことになると残念です。せっかく臨場感あれるプレーを観戦できると喜んでいたのに、もし、そうなったら興ざめでもあります。その裁判の内容と、今後の見通しを教えてくれますか。(最近の事例をもとに創作したフィクションです)

     

    (回答)

    打球直撃で失明 球団に賠償命令

     札幌地方裁判所が今年3月に出した判決が、スポーツ界に大きな波紋を投げかけています。

     事故が起きたのは2010年。30歳代の女性が夫と子供3人とともに札幌ドームの内野席でプロ野球の試合を観戦中に、隣に座った子供の様子をみようと、顔を向けて視線を上げた瞬間にファウルボールが右顔面に直撃しました。女性は右顔面骨骨折及び右眼球破裂によって失明してしまいました。

     女性側がその後、北海道日本ハムファイターズと札幌ドーム、札幌市に対して損害賠償を請求し、札幌地方裁判所は約4,200万円の損害賠償責任を認めたのです(平成27年3月26日判決)。

     打球事故を原因とした負傷に関して、観客が起こした損害賠償請求が認められた初めてのケースということであり、野球場でどこまでの安全性が求められるかについて議論となっています。

    野球場の安全性と臨場感

     最近では、アメリカで活躍する日本人メジャーリーガーも多くなり、メジャーリーグのテレビ中継をよく目にするようになりました。

     見ていて誰もが思うのが、メジャーリーグの球場は内野スタンドとの距離が近いばかりではなく、バックネット以外の場所に防球ネットを備えていない球場が多いことです。この結果、観客が選手と一体となってその臨場感を楽しんでいる印象を受けます。

     スタンドに飛び込んでくるファウルボールについても、危険なものというより、多くの人がグローブ片手に、ボールが飛んでくるのを楽しみに待っている様子すらうかがえます。ファウルフライを見事キャッチして、観客から拍手喝采を受け、(うれ)しそうに手を振る子どもや女性の姿をテレビで見ていると、日本とは大分違うなあという印象を受けます。

     日本でも最近では、ネットがあると観戦しづらい、臨場感がないといった観客の声を受けて、ネットを低くしたり、フィールド上に設けられた選手たちと同じ目線で野球観戦ができるシートを設けたりする球場が増えてきているようです。例えば、日本ハムファイターズの本拠地である札幌ドームは2006年に内野席の防球ネットを撤去していますし、読売ジャイアンツの本拠地である東京ドームでは2005年、相談者も指摘しているエキサイトシートが設けられました。

     ただ、野球観戦中にファウルボールなどがスタンドに飛んできて、大怪我(けが)をすることも少なくありません。

     野球場の管理者・所有者や主催球団は、観客席にファウルボールが飛び込むことを当然予想できることから、ファウルボールが観客席に入って観客が怪我をする危険をできるだけ防止する義務はあるとされます。その一方で、観客もあえてボールが飛び込んでくる場所で観戦する以上、ファウルボールに気をつける注意義務があり、万が一怪我を負ったとしても「自己責任」の範囲内であるとも考えられます。

     現に、アメリカでは、ファウルボールなどが飛んでくるのが当たり前の野球場で、ボールに当たって怪我をしても自己責任という考え方が定着しているようです。

     ボールばかりでなく、折れたバットが飛んできたような事故でも賠償責任が認められなかったケースもあるようで、日米の文化の違いを感じるところです。ただ、アメリカでも最近は、必ずしも自己責任一辺倒ではなく、裁判所の対応に変化も出てきているようです。

    過去の日本の裁判例は?

     今回、打球事故で初の賠償命令が出たということで、札幌地方裁判所の判決が注目を集めているわけですが、同様の事案で賠償を認めなかった事案もあります。有名なのがクリネックススタジアム宮城(現・コボスタ宮城)での楽天戦で発生した事故の裁判です。

     その事案は、原告(注:打球事故の被害者の男性)が3塁側内野席シートで座って観戦中に、観客席を歩きながらビールを販売していた販売員から紙コップ入りのビールを購入し、座席前のコップホルダーに置いた後、顔を上げた瞬間に右眼にファウルボールが直撃したケースです。男性は、眼球破裂等により視力が0.03(矯正後)まで低下してしまったそうです。

     男性は、ファウルボールなどから観客を守るネットなどの安全装置を設置する義務を怠ったことなどを理由として、球場の所有者である宮城県と、球場を管理・運営していた株式会社楽天球団に対し、損害賠償を請求しました。

     これに対して、仙台地方裁判所はまず、プロ野球観戦に伴う危険から観客の安全を確保すべき要請と観客の側にも求められる注意の程度、プロ野球の観戦にとって本質的要素である臨場感を確保するという要請の諸要素の調和の見地から検討することが必要という考え方を示しました。その上で、本件球場に設置された内野席フェンスの構造・内容は、球場でとられている安全対策と相まって、観客の安全性を確保するために相応の合理性があるなどとして、請求を棄却しています(平成23年2月24日判決)。

    施設の安全性を問う民法717条

     今回、野球での打球事故に関する仙台地方裁判所判決と札幌地方裁判所判決を説明するには、民法717条について(あらかじ)め解説しておく必要があります。これは施設の安全性を問う場合に問題となる条項です。

     民法717条1項の規定は以下の通りです。

     「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵(かし)があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない」

     つまり、野球場(土地の工作物)の設置または保存の仕方に問題があり、それによって観客(他人)に損害が生じた場合、一義的にはプロ野球球団や球場管理会社(工作物の占有者)が被害者に対して責任を負うというものです。しかし、占有者が損害発生防止に必要な注意をしていたときは、野球場(土地の工作物)の所有者(コボスタ宮城は宮城県所有、札幌ドームは札幌市所有)が損害を賠償しなければならないと定めているわけです。

     この規定は、工作物の設置・保存の瑕疵のみを要件とし、故意・過失を要件とせずに賠償責任を認めるものです。

     このように占有者あるいは所有者に重い責任を負わせるのは、危険な物を支配している者は、その危険についての責任を負うべきであるという「危険責任の法理」を根拠にしていると考えられています。したがって、民法717条1項の責任が認められるかについては、野球場の設置または保存に「瑕疵」があったかどうかが争点となるわけです。

     特に、その施設が公のものである場合、国家賠償法2条1項が下記のように民法717条1項と同様の規定を置いています。

     「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害が生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる」

     野球場は、一般に公の営造物であることが多いことから、その「設置又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)及び「設置又は保存の瑕疵」(民法717条1項)の両方が問題となるわけです。

    2015年05月27日 08時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    プロフィル
    蒲俊郎 (かば・としろう
    弁護士(第二東京弁護士会所属)
    城山タワー法律事務所代表
    http://www.shiroyama-tower.com/
    桐蔭法科大学院・教授
    http://toin.ac.jp/lawschool/teacher/kaba/
    桐蔭法科大学院・法科大学院長
    http://toin.ac.jp/lawschool/info-top/message2/
    日本法律家協会会員、日本私法学会会員、情報ネットワーク法学会会員他
     専門分野は、電子商取引全般、労働事件(使用者側)、会社商事関係全般等
     多数の企業の顧問弁護士として日々活動するほか、複数の上場するネット企業の社外監査役なども務める。他方、2010年4月、ロースクールのトップである法科大学院長に就任し、多忙な弁護士業務の傍ら、次の時代を担う法曹の育成にも注力している。
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    PR情報
    大手町モール
    ブランディア
    アーカイブ