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    各界で活躍する著名人に影響を与えた「1冊」に迫ります。

    ラグビー日本代表メンタルコーチを務めた荒木香織さん(3)

    知将エディー・ジョーンズのヘッドハンティング

    • エディー・ジョーンズ ヘッドコーチ
      エディー・ジョーンズ ヘッドコーチ

     荒木の携帯に、ラグビー日本代表のチームマネジャーである大村武則から電話がかかってきたのは2012年5月のことだった。荒木と同様、京都で陸上競技をしていた大先輩。短距離選手として活躍していた荒木のことを覚えていてくれて、ひょんなことから再会した後、一度世話になったことがあった。

     その大村が何の用かと思ったら、意外なことを切り出した。

     「(日本代表ヘッドコーチ=HCに就任した)エディーさんがちょっと話したいと言っている。メンタルコーチを探しているから、そのつもりでメールしてくれるか?」

     陸上選手だった荒木だが、ラグビーはもともと身近な存在だ。大好きなスポーツでもある。

     荒木の弟、雄一朗はホンダで活躍したラガーマン。ラグビー元日本代表の長谷川慎(ヤマハ発動機コーチ)は近所の幼なじみで、呼び名は「慎ちゃん」だ。高校ラグビーの古豪・伏見工業高校総監督の山口良治は荒木の母親と同級生。荒木の幼いころにバレエの発表会に来てくれるほどの近所付き合いが続く「おっちゃん」だ。

     そんな荒木だからエディーのこともよく知っていた。メールを送ると、そのエディーから「会いたいので東京に来てくれないか」と返信が来た。

     荒木はスポーツ心理学者の道を歩み出していたものの、大学への就職は苦労の連続だった。そのころは、ようやく採用された兵庫県立大学准教授として働くため、姫路市内の大学キャンパスに通う日々が続いていた。京都の自宅から片道2時間。同大には体育会があるわけでも大学院があるわけでもなく、必ずしも研究環境に恵まれているわけではない。

     そんな時かかってきた電話に荒木は「なぜ私が」と思ったが、迷うことなく、エディーJAPANが合宿していた東京・新宿のホテルへ向かった。

     エディーが日本代表のヘッドコーチに就任することを初めて知った時、荒木は「すごい人が監督になるんだ」と思っていた。その日のことについて、「これから、この人と(しゃべ)るのかと思った(笑)」と振り返る。

     エディーは母国のオーストラリア代表のHCとして2003年のW杯準優勝、07年W杯では南ア代表の代表アドバイザーとして優勝した人だ。

    2015年11月25日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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