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    小説や映画、詩や歌に残された作家たちの名言。その舞台となった土地をたずね、言葉が生まれた物語や背景、今を生きる人々の記憶を紹介します。

    サミュエル・ウルマン「年を重ねただけで…」

    若い心と始まった戦後日本

    年を重ねただけで人は老いない 理想を失う時に初めて老いがくる(「青春」より)

    • 連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥が執務室を構えた第一生命館(右端)。日比谷濠沿いのビルの明かりが水面にきらめく(東京都千代田区で)
      連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥が執務室を構えた第一生命館(右端)。日比谷濠沿いのビルの明かりが水面にきらめく(東京都千代田区で)

     敗戦によって、日本は連合国軍総司令部(GHQ)の統治下に置かれた。最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥が執務室を構えたのは、皇居の目前、日比谷ぼりに面して立つ「第一生命館」であった。

     マッカーサーは、オフィスに一編の詩を掲げていたという。

     〈青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ〉

     この一節から始まる詩は、さまざまに対句表現を連ねて、「若さ」と「老い」を語っていく。

     〈年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる〉〈歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ〉〈人は信念とともに若く、疑惑とともに老ゆる〉〈人は自信とともに若く、恐怖とともに老ゆる〉〈希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちる〉

     Youth(青春)と題された詩の作者はサミュエル・ウルマン。米国でも知る人の少ない“幻の詩人”だった。戦後まもなく、米誌が「元帥愛誦あいしょうの詩」として報じたことを機に邦訳され、日本で広まっていった。

     特に、松下幸之助ら戦後経済の礎を築いた財界人がこの詩を愛し、座右の銘とした。彼らは、失意の中から立ち上がり、無我夢中で走り続けた自分と日本を重ねたのかもしれない。マッカーサーが支配者でありつつ、このような詩を胸に占領政策を進めていたというエピソードも、琴線に触れたであろう。

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     「ウルマンの詩のように、情熱をもって理想を追い続けることで、我が社も青春期であり続けたい」。4月から53歳の若さで第一生命の社長に就く稲垣精二常務は語る。

     占領期の評価はさまざまあるとしても、戦後日本は「青春」の詩とともに東京・日比谷から始まった。

     第一生命館をはじめとするビル、公園、劇場など、一帯はGHQに接収され、アメリカナイズされた新しい価値観を発信していく。日比谷通りは「Aアベニュー」とも呼ばれ、占領下日本のメインストリートであった。

     それから約70年。通りのビルたちは2代目、3代目となり、星空高く伸び続けている。(文・保高芳昭 写真・佐々木紀明)

    サミュエル・ウルマン(Samuel Ullman)
     1840~1924年。米アラバマ州で教育や人道活動に取り組んだ。「青春」は78歳で書き、80歳記念の詩集に収められた。この詩はさまざまな人に愛誦され、人から人へ伝わるうちに、加筆や改変があったらしい。マッカーサーが愛誦したものはオリジナル作と異なる部分も多いため、ウルマンは「原作者」とされている。記事中の引用はマッカーサー愛誦版(岡田義夫訳)から。オリジナル版(作山宗久訳)は角川文庫「青春とは、心の若さである。」に所収。

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    2017年02月13日 09時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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