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    小説や映画、詩や歌に残された作家たちの名言。その舞台となった土地をたずね、言葉が生まれた物語や背景、今を生きる人々の記憶を紹介します。

    伊勢正三「あなたが船を選んだのは…」

    望郷に淡い恋を重ね

    あなたが船を選んだのは 私への思いやりだったのでしょうか(「海岸通(どおり)」より)

    • 石灰石やセメント製品の積み出し港として発展した津久見港。朝のラジオ体操をする人たちの前を船が行き交う(大分県津久見市で)
      石灰石やセメント製品の積み出し港として発展した津久見港。朝のラジオ体操をする人たちの前を船が行き交う(大分県津久見市で)

     ステージからさざ波の音が流れた後、伊勢正三(65)が海のきらめきを伝えるようにギターを優しく爪弾き始める。生まれ育った大分県津久見市で8年ぶりに聴かせる最初の歌は、「海岸通」だった。

     彼が暮らした家の前の通りから、そのまま名付けたタイトルだ。「『海岸通 伊勢』だけで手紙が届いた。狭い街だからね」。伊勢は、そう言って笑う。

     歌い継がれる名曲「なごり雪」が駅を別れの舞台とするのに対し、「海岸通」は恋い慕う人を港で見送る。どちらも心に焼き付けた故郷の情景だ。

     「津久見駅のホームから見えるトンネルを抜けると『向こう』なんです」。伊勢は高校3年間を大分市の寮で過ごした。週末の帰省の安らぎは、津久見から戻るトンネルで途切れた。歌手になるため上京する時も、列車の中で覚悟を決めた。「なごり雪」には、青春の岐路で幾度となく味わった現実の別れがにじんでいる。

    • 動画は写真をクリック
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     あなたが船を選んだのは 私への思いやりだったのでしょうか

     船での別れを「思いやり」と気付いた「海岸通」の感性は、穏やかな津久見の海を飽くことなく見つめた日々の果実だ。来る日も来る日も、自宅近くの堤防に腰掛けて釣りをした少年時代。中学校では美術部の部長で、海が見渡せる大友公園の土手でスケッチをした。奥の山のミカン畑からは、リアス式海岸特有の入り江を望んだ。「あなたをのせた船が小さくなってゆく」まで、いつまでも見送る歌物語の終幕は、切なくも優しい余韻を残す。

     歌には、津久見時代の淡い恋心も重ねた。小学校で転入してきた少女に対する思いを、高校卒業後に上京するまで伝えられずにいた。「海岸通」や「なごり雪」には、そんな未練も色濃く反映されている。

     白い地肌をむき出しにした石灰石の山、煙を吐き出すセメント工場、外国の貨物船が横付けする深い海。津久見の港を取り巻く景色は力強い。かつて「海岸通」と呼ばれた場所に広がっていた海は埋め立てられ、今はビジネスホテルや公園になっている。時の流れが、この歌を一層切なく響かせる。(文・清川仁 写真・岩佐譲)

    海岸通
     南こうせつらと組んでいたグループ「かぐや姫」を1975年に解散後、結成した「風」のファーストアルバムに収録。フォーク歌手のイルカが1979年にカバーし、10万枚を超えるヒットになった。「海岸通」「なごり雪」のほか、「青い夏」「堤防のある町」「海風」にも津久見の景色が投影されている。いずれも、活動45周年を記念した昨年発売のアルバム「ALL TIME BEST~Then&Now」(フォーライフミュージック)に収録し、3月5日に津久見市民会館で開いたコンサートでも披露した。

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    2017年04月17日 10時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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