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    小説や映画、詩や歌に残された作家たちの名言。その舞台となった土地をたずね、言葉が生まれた物語や背景、今を生きる人々の記憶を紹介します。

    尾崎紅葉「貴方、真人間に成って…」

    拝金主義者に説いた道

    貴方(あなた)、真人間に成ってくれませんか。(「(こん)(じき)()(しゃ)」より)

    • 明治の社交場・料亭「紅葉館」の跡地に立つ東京タワー。その足元にある料理店には外国人客の姿も(東京都港区の「東京芝とうふ屋うかい」で)
      明治の社交場・料亭「紅葉館」の跡地に立つ東京タワー。その足元にある料理店には外国人客の姿も(東京都港区の「東京芝とうふ屋うかい」で)

     若い娘も鼈甲べっこう眼鏡の隠居も先を争って朝の読売新聞を耽読愛誦たんどくあいしょうした……とは作家の泉鏡花の回想だ。文豪・尾崎紅葉が小説「金色夜叉」の連載を始めて、今年で120年になる。

     許婚いいなずけの宮が富豪の富山に嫁いだことに絶望し、冷酷な高利貸となる貫一。古典的な雅文に明治の新しい風俗をちりばめた物語は、名せりふや劇的な展開で読者をとりこにした。

     「新聞は当時の最新メディア。買ってもらうための手段として連載小説は重要で、各紙で専属作家が腕を競っていた」と、東海大学の堀啓子教授(47)が言う。

     熱海の海岸で貫一が宮をけり倒す場面は、当時の高級社交場、芝の料亭「紅葉館こうようかん」で起きた一件を基にしたとされる。親友の作家・巌谷小波いわやさざなみが思いを寄せる仲居の須磨が、大手出版社「博文館」社長の息子に嫁すことになり、義憤に駆られた紅葉が須磨を足げにしたという。

     貫一は金もうけの鬼と化す。だが、ある事件を境に心に変化が生じる。世話になっていた高利貸の鰐淵わにぶちが、自宅に放火され焼死。父を改心させられなかったことを悔やむ息子が、貫一に懇願する。

     「貴方、真人間に成ってくれませんか。」

    • 動画は写真をクリック
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     夜叉の面に涙が光る。やがて訪れた温泉宿で、心中を企てる男女の純愛に打たれ、貫一は彼らの負債の肩代わりを申し出る。非道な蓄財が血の通う命の救済に充てられるのだ。

     果たして貫一は真人間に戻り、宮を許すことができるのか。だが結末が読者に届けられることはなかった。健康を害した作家は執筆半ばで世を去る。35歳だった。

     堀教授は「金色夜叉」の種本となった英語の通俗小説を特定したが、「紅葉は日本人古来の嗜好しこうに合わせることも忘れなかった」と話す。新政府の成り金が幅をきかせ、日清戦争後の拝金主義が横行した時代。義理人情を知る江戸っ子紅葉は、近代の貨幣価値では測れない、人の道の大切さを説きたかったのだろうか。

     真人間であれ――。どこか古風で力強いメッセージは、時代を貫き、今なお私たちの心に響く。(文・松本由佳 写真・岩佐譲)

    尾崎紅葉
     本名・尾崎徳太郎。1868年、江戸・芝の中門前(現港区芝大門)に生まれる。85年、友人の山田美妙らと文学結社「硯友社」を結成し、雑誌「我楽多文庫」を創刊。帝国大学中退。在学中の89年に小説記者として読売新聞に入社、「伽羅枕」「三人妻」「多情多恨」などを連載する。 「金色夜叉」は97年元日に連載開始、体調を崩しながら断続的に書き続けるが、1902年に退社。03年、雑誌「新小説」で「新続金色夜叉」の連載を始めたが、10月に胃がんで没し未完に。岩波文庫、新潮文庫などで読める。

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    2017年07月10日 09時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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