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    小説や映画、詩や歌に残された作家たちの名言。その舞台となった土地をたずね、言葉が生まれた物語や背景、今を生きる人々の記憶を紹介します。

    須賀敦子「きっちり足に合った靴さえあれば…」

    悩み歩く道 光求めた

    きっちり足に合った靴さえあれば、
    じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ(「ユルスナールの靴」より)

    • 須賀敦子が少女時代を過ごした実家近くの「カトリック夙川教会」。夕暮れにライトアップされた塔が道しるべのように空に浮かび上がる(兵庫県西宮市で)
      須賀敦子が少女時代を過ごした実家近くの「カトリック夙川教会」。夕暮れにライトアップされた塔が道しるべのように空に浮かび上がる(兵庫県西宮市で)

     ヨーロッパの石畳をよく知るその人は、「靴はよく選ばないと」と言った。駆けだしの編集者だった佐藤淳子さん(50)は、作家の須賀敦子とイタリア・ベネチアへ取材旅行に出かけた二十数年前を振り返る。同じ女子校のずっと後輩の自分を気にかけ、ユダヤ人街やひいきのカフェに連れて行ってくれた。「おしゃれでかっこいい、大人の女性でした」

     「きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ」。生前最後の著書「ユルスナールの靴」の書き出しだ。「完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする」と続く。放浪の仏人女性作家ユルスナールの軌跡に、悩み揺れた自らの精神遍歴を重ねた。

     夙川しゅくがわ(兵庫県西宮市)の裕福な家庭で育ち、戦後、キリスト教に入信。信仰を通じた社会実践と文学との間を川藻のように漂った。パリやローマに留学、イタリア人と結婚し、カトリック左派の運動に加わるが、夫と死別し帰国。50歳を過ぎて文学博士号を取り、作家としてデビューしたのは61歳の時だった。

     「なかなか道が定まらず、つらい思いをされてきたと思う」。同書を担当した河出書房新社の編集者、木村由美子さん(68)は言う。子供の頃の靴はぶかぶか、女子大時代は父から贈られた革靴が、なぜか寄宿舎の戸棚から消えた。当のユルスナールも戦火が迫る街で靴をなくす。変奏する「靴」のイメージは切ない。

    • 動画は写真をクリック
      動画は写真をクリック

     病に倒れ、69歳で世を去った須賀を見送ると、佐藤さんは「もっと社会の中に入っていきたい」と大学の医学部で学び直した。37歳で医師となり、今は静岡県内の大学病院で糖尿病患者の治療にあたる。地域医療の課題に直面もするが、やりがいがある。「須賀さんが知ったら『面白いわね』と笑うと思います」

     本の終わりに、作者は最晩年のユルスナールの写真の足元に目を見張る。あらかじめ失われたはずの靴が、そこにはあった。

     誰もが迷いの闇の中にある。だが光を求め孤独な歩みを続ければ、つながりあえることもある。端正な文章は、そう私たちを力づける。

    (文・松本由佳 写真・佐藤俊和)

    須賀敦子
     1929~98年。8歳で東京に転居するが、戦時中は夙川の実家に疎開。聖心女子大卒。イタリア・ミラノで暮らし、71年帰国。翻訳や外国語講師を務め、89年上智大教授。異国で出会った市井の人々や亡き人との思い出をつづった「ミラノ 霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」「ヴェネツィアの宿」など、生前の著作は5冊のみだが、後に関連書出版が相次ぐ。没後20年の来年、河出書房新社が未発表翻訳を収めたシリーズの刊行を予定。「ユルスナールの靴」は河出文庫などで読める。

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    2017年08月21日 09時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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