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    小説や映画、詩や歌に残された作家たちの名言。その舞台となった土地をたずね、言葉が生まれた物語や背景、今を生きる人々の記憶を紹介します。

    大西鉄之祐のラグビーの戦法「展開・接近・連続」

    勝利の仮説試合で証明

    大西鉄之祐(てつのすけ)のラグビーの戦法(1966年) 展開・接近・連続

    • 試合形式の練習で疾走する早大ラグビー部員。菅平合宿は多くの名勝負を生み出してきた(長野県上田市の早大菅平グラウンドで)
      試合形式の練習で疾走する早大ラグビー部員。菅平合宿は多くの名勝負を生み出してきた(長野県上田市の早大菅平グラウンドで)

     早大ラグビー部、日本代表の監督を務めた大西鉄之祐は1987年、早大の最終講義で述べている。「情報を必死になってガーッと集めて、相手のチームを分析、研究しつくす」。こうして戦法を立てると、選手の起用法を検討し、必要となる新たな技術を身につけさせた。著書ではさらに、戦法を完成させる練習は、理屈に合い、科学的であるべきだと強調している。

     「展開・接近・連続」は66年、代表監督就任に際して掲げた戦法だ。ボールを素早く動かす試合展開で、相手に接近する紙一重の攻防を仕掛ける。そして連続プレーで相手を疲れさせる。体格に劣る日本が、器用さと持久力を生かして勝つ道筋を示した。

     戦法は勝利への仮説で、試合に勝つことが証明だった。「展開・接近・連続」の証明の場にはニュージーランド遠征が用意された。大学や社会人選手の「寄せ集め」の代表で、大西は「展開・接近・連続」を、揺るぎない、統一した戦法とすることを重視した。67年には長野県・菅平で初めて強化合宿を行う。戦前から法政大、早大などの合宿地だった「ラグビーの街」で、決め手のサインプレー、相手を追いつめる守りに磨きをかけた。迎えた68年の遠征。国代表に次ぐオールブラックス・ジュニアに23対19で歴史的勝利を収める。

    • 動画は写真をクリック
      動画は写真をクリック

     早大では低迷期に監督に請われ、奇跡の復活を成し遂げた。その手腕を「大西魔術」と称されたことについて、早大、日本代表の中心選手だった横井章さん(76)は「練習を積み上げた結果で、マジックでもミラクルでもない」と言う。大西自身、ある対談で「残りの十分で勝つか負けるかというのは、だいたい自分の体力の限界というものに挑戦したやつでないとできない」と話している。

     大一番を前にロッカールームで選手と水杯を交わし、「歴史の創造者たれ」と鼓舞して送り出す。

     精緻せいちを極めた戦法が科学的ならば、あふれる勝利への熱情は非科学的だ。矛盾が同居する。

     楕円だえん球の転がり方一つで明暗が分かれる、ラグビーならではの面白さ、魅力でもある。

    (文・渡辺嘉久 写真・吉岡毅)

    大西鉄之祐
    1916~95年、奈良県生まれ。早大監督だった兄を頼って上京し、入学後にラグビーを始める。現役時代はフォワード。召集されてスマトラで終戦を迎えた。50年に早大監督となり計3回9年を務める。日本代表監督時代には71年来日のイングランドに19対27、3対6と接戦を展開した。早大学院を指導し全国高校大会出場を果たす。「展開・接近・連続」については著書「ラグビー 荒ぶる魂」(岩波新書)などに記す。記事中の対談は「闘争の倫理」(鉄筆文庫)に収録されている。

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    2017年08月28日 09時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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