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    小説や映画、詩や歌に残された作家たちの名言。その舞台となった土地をたずね、言葉が生まれた物語や背景、今を生きる人々の記憶を紹介します。

    いやぁ、磨きをかけるのはこりごりだ…古典落語「井戸の茶碗」

    心が洗われる誠実さ

    いやぁ、磨きをかけるのはこりごりだ。

    また小判が出るといかん(古典落語「井戸の茶碗」柳家さん(きょう)の口演より)

    • 「白金の清正公さま」として、人々に親しまれている最正山覚林寺。静かな境内に参拝者の鐘の音が響く(東京都港区白金台で)
      「白金の清正公さま」として、人々に親しまれている最正山覚林寺。静かな境内に参拝者の鐘の音が響く(東京都港区白金台で)

     世の中に「いい話」は少ない。

     いや、本当はたくさんあるけど、世間が関心を示さないだけかもしれない。週刊誌もワイドショーも、話題は不倫、ごまかし、お家騒動……。まさに“他人の不幸は蜜の味”だ。かの座頭市なら「いやな渡世だなァ」とでもいいそうである。この「井戸の茶碗」を聞くとホッとする。「悪人が一人も出てこないので、しゃべっていて疲れない」とは、柳家さん喬師匠(69)だ。所は東京の白金。加藤清正公をまつる覚林寺、通称「清正公さま」周辺の物語である。

     江戸のリサイクル業者・清兵衛さんは、浪人・千代田卜斎ぼくさいから仏像を買い、細川家の若侍・高木作左衛門に売った。仏像を磨いた作左衛門は隠されていた50両を発見、「金は買ってない」と卜斎に返そうとする。卜斎は「売り物から何が出ても、あずかり知らない」。今で言えば600万~700万円の大金。行方を巡り、成り行きで仲介に入った清兵衛さんが右往左往する。

     結局は、卜斎が茶碗をひとつ、作左衛門に譲ることにして金を分配するのだが、実はこれが天下の名品「井戸の茶碗」。細川の殿様が300両で買い上げる。どう分配すればいいのか。卜斎は提案する。

     高木氏が独身ならば、娘を嫁にどうか。支度金ならいただこう――。

    • 動画は写真をクリック
      動画は写真をクリック

     貧乏暮らしの千代田家だが、娘は美人。「磨けば光りますよ」という清兵衛さんに、作左衛門が一言。

     〈いやぁ、磨きをかけるのはこりごりだ。また小判が出るといかん〉

     きれいなオチである。「個人的には、卜斎が清兵衛さんに嫁入りの仲介を頼むせりふ〈その方にぜひ橋わたしを願いたいが……してはくれぬか〉が好き」とさん喬師匠はいう。

     身分制度の厳しい時代。侍同士の仲介など、町人には本来はできないだろう。しかし卜斎は、誠実に右往左往した清兵衛さんを人として評価し、あえて頼んだのだ。「はなしの根底に人間に対する信頼がある」のだ。

     〈噺家は世情のアラで飯を食い〉

     古川柳にいう。ヘイトスピーチ、難民問題、差別主義。そんな言葉が横溢おういつする世界だからこそ「心が洗われる」のかもしれない。(文・田中聡 写真・佐々木紀明)

    井戸の茶碗
     東京・麻布の谷町に住む清兵衛さん。裏長屋に住む年配の浪人から仏像を買って若侍に売ったのだが、仏像の中から50両という大金が出てきて、ひと騒動が起きる。もとは講釈の「細川の茶碗屋敷」。今は亡き古今亭志ん朝師匠が得意にしていた演目で、現在、この噺を得意にしている柳家さん喬師匠は、志ん朝師匠と仲の良かった五代目春風亭柳朝師匠に教わったという。表題のせりふは、そのさん喬師匠のCD「柳家さん喬名演集1」(ポニーキャニオン)に基づいている。

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    2017年09月11日 09時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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