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    小説や映画、詩や歌に残された作家たちの名言。その舞台となった土地をたずね、言葉が生まれた物語や背景、今を生きる人々の記憶を紹介します。

    佐藤正午「鳩の撃退法」

    ひとは虚構を欲する

    別の場所でふたりが出会っていれば、幸せになれたはずだった(「(はと)の撃退法」(2014年))

    • 「SSKバイパス」と呼ばれる市道から見える佐世保重工業のドック。巨大なタンカーが建造されていた(長崎県佐世保市で)
      「SSKバイパス」と呼ばれる市道から見える佐世保重工業のドック。巨大なタンカーが建造されていた(長崎県佐世保市で)

     「月の満ち欠け」で今年の直木賞をとった佐藤正午さん(62)に傑作、「鳩の撃退法」がある。「幸地こうち家の幼い娘は父親のことをヒデヨシと呼んでいた」という巧みな書き出しで、読者を物語の深い森にいざなう。

     主人公は、業界を事実上追い出された「直木賞作家」津田伸一。未明のドーナツショップで、新刊小説を手にするヒデヨシと相席となり、その本の帯の宣伝文に目を留める。「別の場所でふたりが出会っていれば、幸せになれたはずだった」

     津田はヒデヨシに告げる。「でもそれだったら、小説家は別の場所でふたりを出会わせるべきだろうな」

     その一言が津田を縛る。その後、幸地家の一家3人神隠し事件、偽1万円札事件など、謎めく出来事が相次ぐ。津田は翻弄ほんろうされ、自らの身も危うくなる。そして津田は小説を書き出す。「過去に実際あった事実」ではなく、「過去にあり得た事実」を小説として積み重ねることで、ヒデヨシ一家のあり得た幸せを見いだそうと腐心する。やがて虚と実の境界は曖昧になっていく――。

    • 動画は写真をクリック
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     「鳩の撃退法」は作中人物の津田が書いた小説でもある。その意味で、真の主人公は小説そのものとも言える。虚構を創り、虚構を欲する、人という存在の不思議さでもある。

     佐藤さんは出身地、長崎県佐世保市で30年余り小説を書き続けている。「鳩の撃退法」を含む、幾つかの作品の主舞台は「夜店公園通り」など実名の言及もあり、佐世保を思わせる土地だ。しかし、佐世保という地名は出てこない。

     小欄「名言巡礼」としては、そこが気になる。佐世保で佐藤さんに尋ねると、こんな答えが返ってきた。

     「全国の読者の目線で見ると、東京というのは、そこにある。動かせない。一方、地方というのは、どこでもない場所になった。『鳩撃はとげき』で都落ちした作家の暮らす街は、どこでもない地方都市なんです」

     「もちろん、イメージとして佐世保の街を思い浮かべて書いてはいる。ただ、虚構の佐世保です」

     今回の巡礼は、小説の中のどこでもない場所ということか。

     (文・鶴原徹也 写真・岩佐譲)

    佐藤正午
     1955年、長崎県佐世保市生まれ。83年、「永遠の1/2」ですばる文学賞を受けて作家デビュー。小説巧者として注目される。寡作ながら、「ジャンプ」「Y」「身の上話」「5」など、佳作を書き続けている。「鳩の撃退法」(小学館)で2015年、山田風太郎賞を受けた。選考委員の筒井康隆氏は「こんな優れた作家の存在を今まで知らなかった」と述べた。今年、「月の満ち欠け」で直木賞を受賞したが、発表時も贈呈式も、体調を理由に佐世保にとどまり、それが話題になった。

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    2017年11月06日 09時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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