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    小説や映画、詩や歌に残された作家たちの名言。その舞台となった土地をたずね、言葉が生まれた物語や背景、今を生きる人々の記憶を紹介します。

    森鴎外「光沢のある、長い安寿の髪が…」

    弟のため鮮烈な自己犠牲

    光沢つやのある、長い安寿あんじゅの髪が、
    鋭い鎌の一掻ひとかきにさっくり切れた(森鴎外「山椒(さんしょう)大夫」(1915年))

    • 安寿が海水をくんだといわれる由良海岸。押し寄せる波が冬の日差しを浴びて輝く(京都府宮津市で)
      安寿が海水をくんだといわれる由良海岸。押し寄せる波が冬の日差しを浴びて輝く(京都府宮津市で)

     濃い青緑の海面がゆるゆる揺れ、波が寄せ、波頭が立ち、飛沫ひまつがはじける。ここは古くは丹後国の一部だった、京都府宮津みやづ市の由良海岸。1月の昼下がり、風が冷たい。

     10世紀頃、多分この海辺からかじを失って沖に漂う舟を見て、百人一首の歌人曽禰好忠そねのよしただは自らの恋に重ねあわせ、「行方も知らぬ」と詠んだ。

     ほぼ1世紀後、ここに舟で運ばれてくるのは、人買いに拉致され、母親と生き別れた、安寿と厨子王ずしおうの幼い姉弟ということになる。由良の長者で、農業・漁労・狩猟・養蚕・機織り・鍛造など産業全般を牛耳る山椒大夫に奴隷として買われる。

     姉は海辺でしおをくみ、弟は山でしばを刈る、過酷な日々。姉は行く末を案じ、自らの命と引き換えに弟を逃がす決意をする。脱出の企てをひとり胸に秘し、弟と共の柴刈りを願い出る。大夫側から、女のなりを捨てる条件を突きつけられ、鎌を手にする相手に自ら頭を差し出す。

     「光沢のある、長い安寿の髪が、鋭い鎌の一掻にさっくり切れた」

     森鴎外は名作「山椒大夫」で、安寿の差し迫る自己犠牲を息をのむ筆致で描いた。

     この短編は伝説に由来する。それまで鴎外は史実に即して歴史物を書いてきたが、ここでは伝説に縛られずに、自由に物語を進める。

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      動画は写真をクリック

     顕著なのは山椒大夫の扱いだ。

     伝説では脱出後に丹後の国守となる厨子王は大夫を残忍に懲罰する。由良に伝わる「のぞきからくり唄」でも大夫を首まで土中に埋め、竹挽たけひのこで首をひき切って殺させる。

     鴎外版では、国守として命じるのは人身売買の禁止。大夫は奴隷の解放を余儀なくされ、労働に対して渋々報酬を与えることに。すると生産が増え、大夫一族は栄える。

     この展開は概して評判が悪い。勧善懲悪にならない、カタルシスがない、社会の底辺で虐げられてきた人々の無念は決して晴れない――と。

     鴎外は人身売買や奴隷を認める制度をこそ憎み、報復的懲罰を前近代的と退け、人を人として遇する立法の大切さを訴えているように思う。鴎外は文明開化の人でもあった。(文・鶴原徹也 写真・岩佐譲)

    「山椒大夫」
     森鴎外(1862~1922年)が大正4年(1915年)に発表した、伝説を独自に再構築した短編小説。筑紫流刑となった元判官の父に再会するため、母と旅に出た安寿と厨子王の姉弟が人買いにだまされ、丹後の富者・山椒大夫に奴隷として売られる。姉は自らを犠牲にして弟を逃がす。厨子王はその後、丹後の国守になる。生き別れた母を捜しに佐渡に渡り、盲目の鳥追い女となっていた母と巡り合う――。これを原作とした溝口健二監督の同名映画(54年)はベネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。

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    2018年02月04日 04時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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