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    心いやされる 昭和レトロな喫茶店

     世界に衝撃を与えた、米国の歌手ボブ・ディランの2016年ノーベル文学賞受賞。その報に、40年ほど前に大ヒットしたフォーク曲「学生街の喫茶店」を思い出した人も多いのではないだろうか。♪学生でにぎやかなこの店の 片隅で聴いていたボブ・ディラン……懐かしいあの歌詞のイメージとぴったりの古き良き喫茶店が今、時代の波に押され、どんどん減っているという。そんな中でも、なお往時の()を元気に守り続けている人気店がある。曲にちなんで今回、「学生街」を中心に訪ねてみた。(配信部 横田博行)

    「学生街の喫茶店」の時代

    • 「学生街の喫茶店」を作詞した当時を振り返る山上さん(東京都港区内の仕事場で)
      「学生街の喫茶店」を作詞した当時を振り返る山上さん(東京都港区内の仕事場で)

     「昔は『喫茶店文化』みたいなものがあったんですよね。店にたむろして、政治や恋愛、哲学の話をしたり…」。そう振り返るのは、「学生街の喫茶店」(1972年=昭和47年)(注)を作詞した山上(やまがみ)路夫(みちお)さん(80)だ。

     この曲は、まさにそんな学生たちでにぎわう喫茶店で、別れた恋人を追慕する一人の男性の喪失感を描く。それは、ボブ・ディランの「風に吹かれて」がよく流れた1960年代の、あの学生運動の熱気が、冷めてしまった後の時代の空気感とどこか重なる。

     山上さんは、「学生運動が過ぎた後の時代を歌おうと思ったわけではないが、60年代には(フランスの)五月革命という激しい運動も起き、その余韻が、自分の中にあったのかもしれない」と語る。

    (注)「学生街の喫茶店」は、作詞・山上路夫、作曲・すぎやまこういち、編曲・大野克夫。歌ったGARO(ガロ)は、大野真澄、堀内護、日高富明の男性3人よるフォークグループ。「学生街の喫茶店」は1972年6月にリリースされた。当時の発売元の日本コロムビアによると、最初はB面だったが、すぐにA面に差し替えられた。同年後半から売れ始め、翌73年の年間ヒットチャート3位、シングルレコードセールス77万2000枚を記録(データはいずれもオリコン調べ)。時代を代表するヒット曲となった。

    歌詞の店 モデルは?

    • 「学生街の喫茶店」シングルレコード
      「学生街の喫茶店」シングルレコード

     作詞家として、日本の歌謡史に残るヒット曲を次々と生み出してきた山上さん。ボブ・ディランについては、「実はあまり聞いていないのですが」と笑いつつも、「フォークソングのリーダー格として、尊敬の意味を込めて歌詞にその名を織り込んだ」という。「それと、技術的なことで、譜割り(音符に歌詞をのせること)がばっちり合っていたんです。それで『ここはボブ・ディランだろうね』ということになりました」

     歌詞のモデルにした店はあったのか。あるならぜひ行ってみたい。期待が膨らんだが、「よく聞かれるんですけど、ないんですよ、特には。皆さんがそれぞれ思い出に持っている喫茶店、というふうになればいいなと思います」と山上さん。ただ、ボブ・ディランの曲が流れる店の、情景としてのイメージはあった。「ジュークボックス。当時は喫茶店やスナックに必ず置いてあったんですよ。100円硬貨を入れると、好きな曲を選んで聞けたんです」

    ジュークボックス 今も現役

    • 「世田谷邪宗門」マスターの作道さんと、店内にあるジュークボックス
      「世田谷邪宗門」マスターの作道さんと、店内にあるジュークボックス

     ジュークボックス(注)は、シングルレコードとプレーヤーを内蔵した音響機器。1980年代に入り、レコードがCDに押されるにつれ、姿を消していった。

     今も置いている喫茶店を見つけた。小田急・京王下北沢駅から徒歩約15分の「世田谷邪宗門(じゃしゅうもん)」(木曜定休。9時~18時。世田谷区代田1の31の1、電話03・3410・7858)。マスターの作道(さくみち)(あきら)さん(82)が1965年(昭和40年)、勤めていた百貨店を退職して開業した。店内には、独自に集めた古いランプや扇風機といった品々が多数飾られ、レトロな雰囲気に満ちている。評判を聞いて訪れる客は多い。

    • タイトーの前身の会社が1956年に製造した「ジュークJ40」(タイトー提供)
      タイトーの前身の会社が1956年に製造した「ジュークJ40」(タイトー提供)

     世田谷邪宗門に設置されているジュークボックスは、高さ123センチ、幅77センチ、奥行き63センチ。美空ひばり専用といい、しかもつい最近故障し、修理待ちということで、店の片隅でボブ・ディランが聞けるかも…という淡い期待はかなわなかった。それでも、懐かしい昭和の雰囲気を味わうことはできた。

     店周辺は、今は住宅街だが、50年前の開店当時は、明治大、東京大、国士舘大などの学生の下宿街で、彼らの姿で店も連日にぎわったという。

     常連客の一人に、文豪・森鴎外の長女で作家の森茉莉(1903~87)がいた。作道さんは直々に、紅茶の美味(おい)しいいれ方を教えてもらったという。

    学生たち 自分の子供のよう

     「昔は店に学生たちが頻繁に遊びに来ました」と作道さん。「彼らは正月に食べるところがなくて困ったんですよ。ほとんどの店が休みですから。それで、店に来た連中と一緒におぞうにを食べたりしました。みんな自分の子供みたいなものでした」

     作道さんは、たまたま立ち寄った東京・国立の喫茶店「邪宗門」のマスターのいれるコーヒーと手品に心酔。足繁く通ううちに「自分もこんな店をもちたい」との思いが募り、32歳の時、自宅を改装し、同じ「邪宗門」の屋号で開業した。作道さんも大の手品好きで、時折、馴染(なじ)みの客に手さばきを披露している。

    (注)ジュークボックスが国内に出回るようになったのは戦後。最初は米軍基地の払い下げ品がスナックなどにレンタルされていたが、輸入品も販売されるようになった。純国産品は、ゲームメーカーのタイトーやセガの前身の会社がそれぞれ1956年、60年に製造を始めた。

    愛好家お薦めの店

     世田谷邪宗門のような、昔ながらの個人経営の喫茶店は、今では貴重な存在になりつつある。後継者難や新興チェーン店の隆盛を背景に、喫茶店の数自体が減っているのだ。全日本コーヒー協会のまとめでは、1981年の15万4630軒をピークに右肩下がりで、2014年は6万9983軒。「バブル崩壊後、経営が思わしくなくなった。有名な店でも、跡継ぎがおらず閉店を余儀なくされている」(西野豊秀専務理事)

     しかし、まだまだ元気に頑張っている店もある。全国の喫茶店を訪ね歩き、「純喫茶へ、1000軒」などの著書がある東京喫茶店研究所二代目所長・難波里奈さん(注)お薦めの店の中から、学生街にある4軒を訪ねた。

    (注)難波里奈さんは、昭和時代に使われていた古い家具や雑貨などが好きで、それらに出会える昔ながらの純喫茶巡りを始めて10年以上になる。訪れた店はこれまでに1700軒以上。取材成果を著書やブログで発信し、マスターらとのトークショーなども開いている。古き良き喫茶店を「昭和博物館」と形容する難波さん。その魅力について「100軒あれば100人のマスターがいて、100通りのこだわりがある。外観、インテリア、壁紙、テーブルやいす、照明、コーヒーカップからメニューに至るまで、お店を始めた時の意気込みを今も感じることができて、気持ちが盛り上がる」と語る。

    ボリュームたっぷりトースト類

     西武池袋線江古田駅徒歩約5分の「喫茶モカ」(月~土9時~19時。練馬区栄町39の5、電話03・3993・5648)は、創業1975年(昭和50年)。近隣に武蔵野音楽大、日本大芸術学部、武蔵大など。アルバイトが代々近隣の大学の学生で、卒業してからもつながりが途切れないアットホームな店。朝一番に焼き上がるパンを仕入れて作るトースト類は、どれも厚焼きでボリュームたっぷり。ポテトサラダやゼリー、コーヒーがついて590~710円。コーヒー好きがこうじて店を開いたという店主・藤野ミチコさん(67)を、「お姉さん」「みっちゃん」などと慕って足を運ぶ常連客も多い。

     藤野さん「成長してはばたいた若い人たちとの再会がこの仕事の醍醐(だいご)味。あの席で友達とお茶したな、などと皆さんが青春時代を過ごした思い出の場所として、これからも大事にしていきたいです」

    • 喫茶モカ
      喫茶モカ
    • 本当に厚いトースト
      本当に厚いトースト

    名物はセイロン風カレーライス

     東京メトロ丸ノ内線、都営地下鉄大江戸線本郷三丁目駅徒歩約10分の「喫茶ルオー」(月~金9時30分~20時、土17時まで。文京区本郷6の1の14、電話03・3811・1808)は、創業1952年(昭和27年)の画廊喫茶を、もともとそこで働いていた今のマスター山下淳一さん(77)が受け継ぐ形で、約500メートル北側の現在の場所に1980年(昭和55年)にオープン。東大正門前。名物のセイロン風カレーライス(980円、コーヒー付き)は、画廊喫茶の時代から変わらないレシピ。一流コックの直伝といい、まろやかな深みのある味で、おなかにしっかりたまる。店名は仏の画家ジョルジュ・ルオー(1871~1958)からとっている。

     山下さん「最近の学生はおだやかで、あまり羽目を外さなくなりましたね。昔はバンカラで、留年して在学8年だとか、個性的な人が多かったように思います」

    • 喫茶ルオー
      喫茶ルオー
    • コクがあってまろやかなセイロン風カレーライス
      コクがあってまろやかなセイロン風カレーライス

    気さくなマスターが人気

     東京メトロ半蔵門線・都営地下鉄新宿線、三田線神保町駅すぐの「さぼうる」「さぼうる2」(月~土、さぼうる9時~23時、さぼうる2は11時~22時30分。千代田区神田神保町1の11、電話03・3291・8404、8405)は、創業1955年(昭和30年)。近隣に専修大や日本大、明治大などがあり、いろいろな世代の人々が青春時代をすごした有名店。テレビドラマや映画のロケ多数。マスター鈴木文雄さん(83)の気さくな人柄を慕って来る常連客も多い。人気の「生いちごジュース」(500円)は1日平均100杯の注文があるとか。隣の「さぼうる2」は食事が主。ナポリタンなどどれもボリュームたっぷりで、毎日行列ができる。

     鈴木さん「地方から訪ねてくる人も多いですよ。私がいるのを見てほっとするみたいで、よく体をさわられたり、写真撮られたり、握手を求められたりしています」

    • さぼうる
      さぼうる
    • 行列ができるナポリタン
      行列ができるナポリタン

    開店当時の雰囲気を今に残す

     JR中央線・総武線御茶ノ水駅徒歩1分の「喫茶穂高」(月~金8時~21時、土19時まで。千代田区神田駿河台4の5の3、電話03・3292・9654)は、創業1955年(昭和30年)頃。近隣に日本大、明治大、東京医科歯科大など。マスター粟野芳夫さん(75)の実家が、もともと洋服店を営んでいた場所で副業として開いたのが始まり。人気のコーヒーは、毎朝20~40杯分まとめていれる。繁忙時に、いれ方にムラが生じるのを避けるためだ。お冷の水はカルキ抜きをした氷を溶かしたもので、こちらもおいしいと評判。山小屋風の内装・外観は、開店当時の雰囲気を今に残している。

     粟野さん「アルバイトやお客さんとして来ていた若い人たちが後に偉くなって、店に戻ってきてくれる時がうれしい。これからも変わらずにやっていけたら最高ですね」

    • 喫茶穂高
      喫茶穂高
    • 味が自慢のコーヒー
      味が自慢のコーヒー

    青春時代に戻れる心の古里

     年々厳しさを増す喫茶店の経営環境。それでも、取材で出会ったマスターらの表情は一様に明るい。皆がいつでも青春時代に戻れる心の古里を守っている、という自負があるからだろう。

     時は流れる。人の姿も変わる。当然だ。でも、そう簡単には変えられないもの、変えたくないものもある。「それでいいんだ、頑張れ」。人懐っこい笑顔を浮かべるマスターたちに、そう背中を押されたような気がした。

     (紹介した喫茶店の営業日・時間帯は都合で変わることがあります)

    2017年02月08日 10時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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