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    千葉県で一番低い山? 「丸山」を歩く

    • 千葉県多古町の丸山。田に水が張られる春は、水田に浮かぶ島のように見える(4月13日撮影)
      千葉県多古町の丸山。田に水が張られる春は、水田に浮かぶ島のように見える(4月13日撮影)

     地形図に記載されている日本一低い山は、宮城県仙台市宮城野区の日和山(標高3メートル)とされる。では、千葉県で一番低い山はどこだろう。一般に一番低いとされているのは、富津市の稲荷山(標高16メートル)だ。しかし、多古町の「丸山」(別名・船越の丸山)(標高32メートル)はそれに〝待った〟をかけているという。いったい、どういうことなのか、真相を探った。(配信部・漆間晃)

    標高32メートルの「自然の山」

     国土地理院の地形図に山扱いで載っているとはいえ、稲荷山の正体は古墳。つまり、古代人が築いた人工の山だ。この丸山こそ、千葉県一低い「自然の山」ではないだろうか。多古町発行のパンフレットを見ると、すでに「千葉県で一番低い山」と記されているではないか。

     砂州の先に浮かぶ小島のような地形に興味をそそられる。ふもとを流れる栗山川沿いは、1万株のアジサイが植えられ、初夏は人出でにぎわう。春の桜や菜の花、秋のコスモスも美しいという。

    丸山の成り立ち

     浅瀬の先に島があると、波の作用で陸との間に砂州ができてつながり、独特の地形を作ることがある。こうした砂州のことをイタリア語で「トンボロ」という。

     丸山の地形はトンボロに似ている。縄文時代は海水面が高かったというし、町内には貝塚もあるようだ。もしや、太古の地形を今に伝えるものなのか。

     調べてみると違った。なんと、江戸時代の元禄期(1688~1704年)に、長い尾根を削って土を採り、沼や湿地を埋め立てて周囲を一大水田地帯にしたという言い伝えがある。その際、城跡と言われていた尾根の先端部分だけを残したのが丸山で、痕跡も残っているという(多古町史下巻・船越)。開拓の跡だったのか……。

     ともあれ、山自体に土を盛ったわけではない。「千葉県一低い自然の山」であることは、とりあえず正しいと判定。身を削って美田を作った山と知ると、また違った愛着がわいてくる。

    美田の歴史を感じるウォーキング

     丸山の登頂を目指し、出かけた。

     多古町に行くには、東京からは成田空港経由が便利。空港第2ビルから多古方面へのシャトルバスがある。4月中旬、シャトルバスの終点「道の駅多古」を起点に、丸山に登頂後、市街地の見どころや、郊外の日本寺にも足を延ばした。

     多古町は歴史ある地域。太古から人が住み、古代は匝瑳郡(そうさぐん)郡衙(ぐんが)(郡の役所)があった。中世は幕府の有力御家人千葉氏が治めた荘園(千田荘(ちだのしょう))で、関連する城跡が多くある。近世は多古藩の陣屋が置かれた。近現代は利根川の水を九十九里平野に導く「両総用水」建設などの大事業があり、近くには成田空港ができた。町内では歴史を感じる街並みと宅地開発が進む新興住宅地が同居している。

     沼や湿地だったという昔から、整然と区画された美田が広がる今にいたる時の流れを感じつつ、田園の景観を楽しめた。

    【1】道の駅多古。栗山川に沿って1万株のアジサイが植えられている「あじさい公園」(写真=エリート提供)に隣接。栗山川(両総用水)を周遊する遊覧船もある。多古米を使った食事がオススメ。

    【2】島揚水機場。西側はせせらぎの流れる農村公園。

    【3】志摩城跡(しまじょうあと)。島集落の東側の丘の上。室町時代、関東管領上杉氏と関東公方が争った「享徳の(きょうとくのらん)乱」の際、上杉方についた千葉氏の宗家の一族が本拠の千葉城を追われて志摩城、多古城に立てこもったが、落城。宗家はいったん滅亡した。八幡大神の社があり、こんもりとした丸山が見渡せる。

    【4】正覚寺。日蓮宗不受不施派の寺院。「不受不施」は他宗からの布施は受けず、供養もしないという教義。権力者からの寄付も拒み、江戸時代にはキリスト教と並んで弾圧された。信者は(ひそ)かに信仰を守ったという。住職はおらず、「入道」と呼ばれる地域の長老たちが取り仕切る珍しい寺だ。島集落の中は(まき)の生垣が多く、迷路のよう。千葉氏の守護神とされる妙見神社もある。

    【5】丸山。地名から「船越の丸山」とも呼ばれている。山頂には熊野大神を祭る丸山神社があり、木々の間から、江戸時代初期に佐倉藩主土井大炊頭利勝(どいおおいのかみとしかつ)が築いた「大炊堤(おおいづつみ)」など、水田の景色が見える。

    【6】多古円筒分水工。用水を田に公平に分ける施設。昭和30年代にできた。この形式は現在では珍しい。

    【7】城山。山名は地形図に載っていない。西側の高台とともに多古城跡の一部と考えられている。石段を登ると社があり、見晴らしがいい。

    【8】多古藩陣屋跡。江戸時代に陣屋があった。今は多古第一小学校の敷地。校門前に天神を祭る社があり、背後に石垣が残る。

    【9】旧多古郵便局。昭和17年築のレトロな局舎。現在は倉庫として利用されているとのこと。

    【10】木内家住宅。石造りの立派な商人の家。

    【11】多古町コミュニティプラザ。栗山川沿いで出土した縄文時代の丸木舟を展示するコーナーがある。

    【12】日本寺(にちほんじ)。中近世、僧侶の学問所(檀林)があったことで知られる。杉木立の下にアジサイ園が広がる。

    【13】あじさい橋。ここをゴールとし、道の駅に戻る。

     

     多古町観光情報はこちら

    2017年05月10日 09時57分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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