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    <2>団塊編 反抗するエネルギーを

    • 「公開される映画の大部分を捨てなければいけない悲しさがあるから」。観客にも見たい映画を選んでもらう方式へのこだわりを話す根岸さん(福井市のメトロ劇場で)
      「公開される映画の大部分を捨てなければいけない悲しさがあるから」。観客にも見たい映画を選んでもらう方式へのこだわりを話す根岸さん(福井市のメトロ劇場で)

     メトロ劇場館主 根岸義明さん67

     福井随一の繁華街「片町」の一角にたたずむ小さな単館系映画館「メトロ劇場」。1953年の開館以来、世界で高い評価を受けた名作を上映し、多くの映画ファンに愛されている。

     「『サウンド・オブ・ミュージック』とか『メリーポピンズ』とか、古き良きアメリカの映画がたくさんあった。まだテレビは白黒で、カラーで見られる映画館は特別だったね」。館主を務める根岸義明さん(67)(福井市)は、18歳の頃を懐かしむ。

     学生運動が盛んになってきた頃でもあった。通っていた愛知県豊橋市内の高校では、体育祭や学園祭の運営は生徒側がすべて決めていた。「『どうすれば楽しくできるか。自分たちが話し合って決めるんだ』というエネルギーがあり、学校側にも理解があった」

     神戸大卒業後の71年から、祖父が運営する劇場を手伝うようになった。多くの映画館が廃業する中、観客にアンケートで上映作品を選んでもらう方式を採用するなど存続に腐心した。

     多くの証言からベトナム戦争の実像に迫ったり、インドネシアの大虐殺を被害者側の視点から描いたり、メッセージ色の強い社会派作品を上映することで、単館の存在意義を見い出した。「映画は世界のありのままの姿を見せてくれるでしょ」

     かつての学生運動は大学でのバリケード封鎖を機動隊が鎮圧するなどして事態を収束させた。その反動からか、今はデモへの参加だけでも眉をひそめられる。社会をもっと良くしよう、という活力すら失われているように感じる。

     「日本ほど若者がおとなしい国はない。都合の悪い情報も含め、どれだけ開示し、意見を求められるか。元々、反抗するエネルギーはあるはずだ」

    • 建設中の美浜原発の写真を手に、当時を振り返る道越さん(美浜町で)
      建設中の美浜原発の写真を手に、当時を振り返る道越さん(美浜町で)

     ◇相手の顔 ちゃんと見て

     元関西電力社員 道越昌敏さん60

     第4次中東戦争を機に原油価格が急騰し、物不足への不安から各地でトイレットペーパーなどの買い占め騒ぎが起きた「第1次石油ショック」。長崎県佐世保市内の工業高校卒業後、関西電力で長年、原子力発電所の機器の保守管理などを担当してきた道越昌敏さん(60)が18歳の時の出来事だった。

     「石油がなくなったら、電気はどうなるのか。入社するまで真剣に意識することはなかったですね」と苦笑いする。

     日本のエネルギーは石油に大きく依存し、電源構成の見直しを迫られる大きな転換期で、関電も急ピッチで原発建設を進めていた。

     最初に配属されたのは建設中の美浜3号機。米国から輸入した「美浜1号機」、改良を加えた2号機を基にした“国産”機だった。

     「設計は本当に正しいのか」。自分たちの手で作り上げた原発の運転を目指し、昼に始まった会議が5時間以上続くこともざら。メーカーの社員も交えて議論を重ねた。朝出社すると徹夜明けで机の上に横になって電話機を枕代わりに仮眠する先輩社員の姿もあった。

     「こんなに一生懸命やらないと前に進まないのか」と戸惑ったが、次第にそれが普通になった。

     子会社に移った今、「うるさいオヤジ」と呼ばれる。思ったことは何でも言う癖がいつしか染みついていた。「でも気づいたことは言ってあげたほうがいいでしょ」。あだ名も、当時の先輩が実践してきたことを大切にしてきた勲章だ。

     寮の部屋も余裕がなく、民宿で同僚と相部屋。仕事が早く終わればテニスをしたり、休日には先輩の車で遊びに行ったり、家族のような濃密な人間関係の中で過ごした。インターネットで見えない相手とのやりとりが日常になっている今だからこそ、余計に思う。

     「若い頃は流されてしまいがち。誤った情報や偏った考えも多いネットから離れて、相手の顔や表情を見ることを忘れないでほしいね」(平井宏一郎)

    2016年01月03日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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