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    県芸術文化顕彰に輝いたプロ写真家 近藤誠宏さん(75)

    • 愛機を見つめる近藤さん。「カメラは手巻きに限る。シャッターチャンスが分かるようになるから」
      愛機を見つめる近藤さん。「カメラは手巻きに限る。シャッターチャンスが分かるようになるから」

    ◆カメラで写す叙情性

     地元・岐阜市のロイヤルホールで4~9日、能登の風土にカメラを向けた通算21度目の個展「束風たばかぜの吹く」を開く写真界の大ベテランだ。昨年度末、県芸術文化顕彰の表彰式の壇上で、脳裏によみがえった記憶がある。「あれが僕の原点」と感じる。

     32歳だった1974年、太平洋戦争の県内遺族らによる遺骨調査団に同行し、北マリアナ諸島・テニアン島へ撮影に赴いた。日本に原爆を落とした爆撃機の基地があった島だ。体力にまかせて朝から晩まで、ジャングルを歩いた。遺骨や遺品、基地の痕跡。至る所にシャッターチャンスを見いだした。日が暮れた頃、道に迷った。

     疲れ切り、地べたに座り込む。その時、丸いものが手のひらにふれた。人の頭蓋骨だった。丈夫そうな歯がついており、日本の若者の遺体に違いないと直感した。「きっと日本へ、ふるさとへ帰りたかったやろうなぁ」と思いがあふれた。

     そんな経験が、京都を撮った写真集「京都点々累々」(1985年)へとつながっていく。「日本人の心のふるさと、といったら京都だからね」。戦場に散った若者への鎮魂も込めて、シャッターを切った。鴨川沿いでボールの壁当てをする少年、料理屋のおかみと隣のキャバレーのマスターの談笑。観光写真とは一線を画し、何げない古都の日常生活を切り取った。

     古戦場の記録写真と、古都のスナップ写真。「どちらにも『自分の心』がある」と言い切る。「何をどう撮っても、告発的な報道写真にはならない。万葉の時代から日本人が持つ叙情性が、僕の写真家としての持ち味だと思う」

     「鬼のコンタツ」と呼ばれた亡き父の龍夫さん、息子の龍宏さん(49)と、近藤家はプロ写真家が3代続く異例の家系だ。心優しい2代目は、県写真作家協会長や美術家の全国団体「二科会」写真部の常任理事などの要職も担い、写真界全体の発展に尽力してきた。

     指導する県内のアマチュア写真家たちを連れ、撮影旅行へ毎月出掛ける。旅先では時に、自分とは別の道を歩き回った生徒が、ハッとするほどいい写真を撮ってくることがあるという。「チクショーと、今も本気で羨ましくなっちゃうんだ」と苦笑い。こんな気持ちがある限り、「生涯現役」を貫けるとも思っている。

    (込山駿)

    ◇愛知大学を卒業後、運送会社に半年勤め、大手広告会社・博報堂の写真部員に。「1年半、基本をしっかりたたき込まれて」25歳で独立し、プロ写真家になった。出版した写真集は「美濃の地歌舞伎」など5冊。岐阜市徹明通に事務所を構える。058・262・5412。

    2017年05月01日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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