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    パチンコで「昭和」残す 岐阜レトロミュージアム館長 杉本勇治さん 42

    • ずらりと並ぶパチンコ台を前に夢を語る杉本さん
      ずらりと並ぶパチンコ台を前に夢を語る杉本さん

     1980~90年代のパチンコ台がずらり。高速道路のサービスエリアなどにかつてあったような、うどんやハンバーガーの自動販売機、インベーダーゲームが所狭しと置かれている。

     山県市椎倉に昨年9月にオープンした「岐阜レトロミュージアム」は、昭和のレトロな雰囲気が漂う。

     「パチンコの古い台を動く形で残したいと考えていました。ゲームをしながら、うどんやカレーを食べるというのは、私らの世代にとって青春の思い出です」と、うれしそうな表情を見せる。

     全国各地の古いパチンコ屋を訪れ、遊ぶことが好きだった。「古い台がある」といううわさがあれば、仲間たちと一緒にわざわざ出かけた。「古い台があるかどうかが問題ではなく、その旅自体がおもしろかった」

     そんなパチンコ台好きが高じて、10年ほど前からミュージアム設立の構想を抱いていた。古いパチンコ台などをネットオークションで購入したり、知人らから入手したりして、少しずつ増やしていた。

     転機は4年前に訪れた。建設会社に勤めていて過労で倒れ、2か月寝たきりになり、「死ぬかと思った」という。「一度きりの人生だから」と思い切って会社を辞め、ミュージアム設立に動き出した。「古いパチンコ台は法規制もあってどんどん廃棄されていく。日本人の身近な大衆娯楽を残す施設をつくらないと後悔する」との思いが強かった。

     事業構想を練り、200ページの事業計画書を銀行に出した。「いまだかつてない分量」と担当行員が驚くほどで、融資を受けることに成功。父親の知人から安く譲ってもらった倉庫を自分で設計して改装し、開業にこぎつけた。苦労の連続だったが、「負けず嫌いという性格もあり、死ぬ気で頑張った」という。

     電話も設置せず、ホームページも「昭和レトロという趣旨に逆行する」と開設しなかった。マニアしか来ないのでは、と思っていたが、知人がブログで紹介したことがきっかけで、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて人気に火が付いた。今では土日に約200人、連休なら約300人が訪れる人気施設に成長した。

     動かない自販機もあり、これらを動く状態に補修していくのが課題。メンテナンスも1人でこなしており、「10年ぐらいは、今あるものを着実に動かせるようにしていくことに集中したい。この施設はまだまだ未完成。お客さんを飽きさせないような施設を、お客さんと一緒につくっていきたい」と意欲を見せた。(増実健一)

     岐阜市在住。父親と妻、小学6年の長男、小学4年の長女との5人暮らし。建設会社を辞め、ミュージアム設立に家族は反対したが、今は手伝ってくれる。ミュージアムは月、金、土、日曜日の午前10時~午後5時。入場料は1時間500円、3時間1300円、終日2500円。パチンコは打ち放題だが、景品はなし。

    2017年07月31日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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