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    <3>被爆者の精神、魂刻まれた

    • 伝承する被爆体験を決めるため、研修で聞いた話をまとめた資料を見る生田さん(広島市西区で)
      伝承する被爆体験を決めるため、研修で聞いた話をまとめた資料を見る生田さん(広島市西区で)

     生田弘子さん。生後2か月にも満たない時、現在の広島市東区牛田本町の借家で被爆した。戦後、子どもたちに原爆投下直後の惨状を語るも、子どもたちの反応は芳しくない。もっと自分が「あの日」に近づかなければ、伝わらない――。その思いから、市が昨年5月に始めた被爆体験の伝承者養成事業に参加、研修を受け始めた。67歳。

     1月下旬。広島市西区の自宅で、生田さんは悩んでいた。目の前にあるのは、誰の体験を受け継ぐかを理由と共に記入し、市へ提出する1枚の書類。「私は被爆者から体験談を聞き、何を感じ、そして何を伝えたいのか」。そんな自問を繰り返していた。

     伝承者養成事業では、参加者は今年度中に聞いた被爆者23人の体験談から、数人の被爆体験を伝承する。書類の提出期限まで、2週間程度となっていた。

     空いた時間を見つけては、研修で聞いた体験談を書き留めたノートや資料を何回も見返す。そして毎回、あるフレーズで目が止まった。

     「願うことは、被爆体験を蓄積し、精神を理解すること。『スピリッツ・ドナー(心の提供者)』となる。被爆者の精神、魂、思いを伝えてもらいたい」

     「何を伝えられるのか」。そう悩んでいた昨夏、男性被爆者が話した言葉だった。「体験を聞き続けるだけでも、被爆者の気持ちは伝わってくる。その気持ちを引き継げば良い」と、少し気が楽になった言葉だった。

     戦後、両親と姉3人の家族6人で生活。中学校を卒業する頃までは自宅の畑で野菜を作って節約し、服は姉のお下がりを着た。周囲も同様の生活。振り返ると、今の子どもたちからは、想像できない暮らしだと思う。

     そんな中でも両親は子どもの成長を見守り、隣近所は支え合って生きていた。友達とは気持ちをぶつけ合い、ケンカもよくした。家族の絆や互いに気持ちを伝え合うことの大切さ、そして、どんな状況でも前を向いて生きる強い心――。それが、戦後を生き抜いてきた「私」の体験。伝えられる方向性が、定まった。

     生田さんは書類に、原爆で亡くした妹への思いを語り続ける男性や、親を失った原爆孤児の男性を記した。「どん底の中を力強く、互いに支え合って戦後を生きた人たち。そういった体験を引き継ぐことで、原爆の悲惨さ、犠牲者の無念さも伝えられる」

     4月から、伝承者が希望した被爆者らによる個別の伝授が始まる。(川上大介)

    2013年03月26日 22時44分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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