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    被災者へ「伴走型支援」

    • 「あすからのくらし相談室・宮古」事務所で相談を受ける波岡美紀さん(奥)(今年2月、宮古市保久田で)
      「あすからのくらし相談室・宮古」事務所で相談を受ける波岡美紀さん(奥)(今年2月、宮古市保久田で)

     玄関を出ると真っ黒い波が目の前に迫っていた。家の中に引き返したが、激しい揺れのためか、扉が閉まらなかった。玄関から水があふれ、畳やタンスが浮き始めた。「この家と一緒に太平洋に流されるんだ」。東日本大震災の発生した2011年3月11日、宮古市の鈴木悦子さん(76)(仮名)は、一人暮らしの借家で死を覚悟した。

     全身びしょぬれで、水も飲んだ。やがて水が引き始め、がれきや泥で埋まった道を懸命に歩いた。数百メートル先の公共施設に逃げ込んだ。

     目が悪く、足が不自由な鈴木さん。震災前年から生活保護を受けていたが、知人の多い市中心部での生活に不安はなかった。だが津波が安定した暮らしを壊した。

     身を寄せた避難所では、義援金の申請などの説明を受けたが、書類の細かな字が苦手な鈴木さんには容易に理解できなかった。市内で別居していた一人娘を津波で亡くし、相談できる人もいなかった。「これからどうやって暮らすか」。日中は避難所で食料をもらい、夜は壊れた自宅で眠った。先の見えない、不安定な生活が続いた。

     転機をもたらしたのは震災から1か月後、鈴木さんがバス停で見かけた困り事相談のチラシだった。市の消費生活相談員らが、被災者の伴走型支援にあたる「あすからのくらし相談室・宮古」の前身の団体で、震災後の毎週土曜日、法テラス宮古の事務所を借りて開いていた相談会の案内だった。チラシを握りしめて訪れた鈴木さんを迎えたのは、相談員として10年以上の経験を持つ波岡美紀さん(60)。二人は2時間ほど話し込んだ。

     義援金や災害弔慰金、生活再建支援金など、被災者向けのさまざまな援助メニューがあったが、鈴木さんは何一つ申請していなかった。数日後、波岡さんは鈴木さんと市役所を訪ねた。震災前から鈴木さんを担当していた生活保護のケースワーカーに手続きを手伝ってくれるよう頼んだ。

     義援金を受け取り、鈴木さんは大工を呼んで自宅を修理した。自宅の泥出しを手伝ってくれたボランティアとも顔なじみになった。ようやく暮らしが落ち着いてきた一方、義援金などの一部が収入として認定され、生活保護が打ち切られた。ケースワーカーと連絡を取ることが無くなった。

     6月頃から、鈴木さんの自宅に何度も電話がかかり、封書が相次いで届くようになった。「ローン」や「督促状」の文字。借金をした記憶のない鈴木さんは再び途方に暮れてしまった。

     伴走型支援 生活困難者が自立し、暮らしが安定するまで継続して行う支援。経済的な困窮や家族内の問題、高齢者や障害者の不安、ひきこもりなど様々な問題を整理し、行政機関、病院、弁護士、NPOなどが実施している支援策を活用して生活の再建を目指す。県内では宮古市のほか、盛岡市、奥州市、釜石市などで同様の手法を使った支援が続けられている。

    2013年05月14日 22時49分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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