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    • 横浜市中区の港の見える丘公園にある「愛の母子像」。30周年を迎え、和枝さんの遺影が飾られた(1月17日) 墜落事故後世に伝える(2015年02月12日)

       「お兄ちゃん、助けて」――。土志田隆さん(66)の耳に、妹・和枝さん(当時26歳)のおびえた声が今も残る。病院に駆けつけた時、和枝さんは全身の8割に大やけどを負ってベッドに横たわっていた。すがるような目だった。1977年9月27日午後、厚木基地を飛び立った米軍ファントム機が離陸直後にエンジントラブルを起こし、横浜市緑区(現・青葉区)の住宅地に墜落。飛散したジェット燃料が和枝さん宅などを焼き尽くした。和枝さんの長男裕一郎ちゃん(3)と次男康弘ちゃん(1)が翌日死亡。和枝さんも4年4か月の闘病生活の末、呼吸困難で死亡した。このほか6人が重軽傷を負ったが、ファントム機のパイロット2人は機体からパラシュートで脱出して無事だった。原因究明は米軍主導で行われた。機体の部品は米軍によって回収され、パイロットは帰国。事故から2週間もしないうちに、米軍が火を噴いたエンジンを日本側に無断で米本土に送還するという一幕もあった。78年1月、日米合同委員会事故分科委員会は、事故原因を「エンジンのアフターバーナーの組み立て不良」とする調査結果をまとめたが、組み立てた部署は明らかにされず、だれも責任を問われなかった。業務上過失致死容疑で捜査していた横浜地検も「証拠が集まらなかった」としてパイロットらを不起訴とした。背景に「公務上の事故の第1次裁判権は米軍にある」とする日米地位協定の取り決めがある。この構図は今も変わりない。2004年に沖縄県の沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した事故でも、米軍は沖縄県警の現場検証要請を拒否している。 [全文へ]

    • 周囲を米軍施設に囲まれた佐治さん夫婦の自宅。自宅前には「ここから私有地 立ち入り禁止」と書かれた看板が立つ 根岸「陸の孤島」に暮らす(2015年02月11日)
    • (3) 第1部米軍施設は今 闘争越え相模原再開発(2015年02月08日)
    • 第1部米軍施設は今 (2) 「池子」市民運動で前進(2015年02月07日)
    • 上瀬谷通信施設の地下に設けられた室で、ウドの芽を調べる高橋さん(5日、横浜市瀬谷区で) 「上瀬谷」ウド農家危機感(2015年02月06日)
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