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    <1>上皇鎮魂 西行の祈り…白峯寺・香川県

    • 頓証寺殿で手を合わせる参拝者
      頓証寺殿で手を合わせる参拝者

     新緑の合間から聞こえる小鳥の鳴き声が、耳に心地よい。崇徳上皇(1119~64年)は、このさえずりにも都を思い、心をかき乱されたのか。

     高松市と坂出市にまたがる連峰・五色台。西端の白峰山(377メートル)の中腹に八十一番札所・白峯しろみね寺はたたずむ。上皇の菩提ぼだい寺でもあり、境内には御陵がある。

     「けば聞く聞けば都の恋しきに この里過ぎよ山ほととぎす」

     平安末期の保元の乱(1156年)で敗れた上皇は、この地へ流され、亡くなるまでの8年余りを過ごした。五色台の麓を流れる川を「鴨川」と呼んだといい、今も地名として「東山」などとともに残る。

     三好実雅じつが住職(63)は「本来は自身の実子が天皇になるはずだったのに、かなわなかった。都への思いが強かったのでしょう。和歌からも未練が伝わってくる」と、しみじみ語る。

     境内に入って正面の護摩堂の前を左へ進むと、豪壮な勅額門が立つ。その奥が上皇の廟所びょうしょ頓証寺殿とんしょうじでん」だ。没後、御所をふもとから移し、みたまをまつった。

     愛知県蒲郡市の鈴木正典さん(64)は、本堂に向かう前に頓証寺殿へ寄った。「上皇にふさわしい立派な建物ですね」。傍らの妻・妙子さん(60)も「歴史を感じます」と話し、静ひつな空気にじっと身を委ねた。

     寺の縁起によると、弘仁6年(815年)に弘法大師・空海が創建。後に大師のおいと伝わる智証大師が千手観世音菩薩ぼさつ像を刻み、本尊とした。春は桜、夏はアジサイ、秋は紅葉と、四季が織りなす景観も、寺の見所の一つだ。

     上皇の没後、親交のあった西行が供養のために御陵を訪れ、復讐ふくしゅうの鬼と化した上皇の亡霊と遭遇する。

     「よしや君むかしの玉の床とても かからむ後は何にかはせん」(天皇の玉楼もこの世だけのもの。死せば意味なく、安らかにお眠りを)

     <ガイド>西行がそう詠むと、亡霊は安らかな表情となって消える。怪異集「雨月物語」の中の一編だ。頓証寺殿の傍らには、今も上皇を慰めるように西行の像が鎮座している。

     寺では、上皇の法要を50年ごとに営む。古くから荒天になると伝えられてきたが、昨年9月の850年忌は、からりと晴れた。

     三好住職は「琴の演奏もあり、みやびな雰囲気に上皇もご機嫌だったのではないでしょうか。そろそろ、お心も晴れているはずです」とほほ笑んだ。(花田祥瑞)

     西行が、崇徳上皇の御陵を詣でる際に歩いた山道が整備され、2004年に遊歩道「西行法師の道」として完成した。白峰山の麓にある青海神社から御陵にいたる約1.3キロ。道沿いには地域住民らが上皇と西行の歌を刻んだ歌碑88基と石灯籠93基を設置した。百人一首にある上皇の和歌「瀬を早み岩にせかるる瀧川の われても末にあはんとぞ思ふ」の碑もある。

    • 屋上から讃岐平野や瀬戸内海を一望できる白峰パークセンター(坂出市で)
      屋上から讃岐平野や瀬戸内海を一望できる白峰パークセンター(坂出市で)

    <ここにも立ち寄って>巡礼の疲れ癒やす美景

    屋上から讃岐平野や瀬戸内海を一望できる白峰パークセンター(坂出市で)

     白峯寺の参道の入り口近くに、坂出市観光協会が運営する案内所「白峰パークセンター」がある。

     食事や喫茶を楽しむことができ、次の札所への旅立ちに向け、リフレッシュするお遍路さんの姿が目立つ。市内の業者が作った塩やしょうゆなどの特産品も並べられている。

     施設の自慢は、屋上からの眺望だ。讃岐平野を見下ろし、東西に五色台や「讃岐富士」と称されるおむすび形の飯野山(422メートル)がそびえる。北には瀬戸内の多島美が広がり、本州へと延びる瀬戸大橋も望むことができる。

     担当者は「この美しい景色を見たら、旅の疲れも吹き飛ぶはずです」とPRしている。

     午前9時~午後4時。月火曜は定休。

    2015年05月24日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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