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    <24>花鳥画の将来に抱く懸念

    • 「花鳥画が消えてしまってはいけない」という思いから、淳之は1枚の画面に四季を描き込んだ作品を手がけてきた。「水辺の四季」(部分、2009年、松伯美術館蔵)にはオシドリやシギなどの姿が見える
      「花鳥画が消えてしまってはいけない」という思いから、淳之は1枚の画面に四季を描き込んだ作品を手がけてきた。「水辺の四季」(部分、2009年、松伯美術館蔵)にはオシドリやシギなどの姿が見える

     1960年代初め、京都市立美術大(現市立芸術大)の助手をしていた淳之は、学長室に呼ばれた。川村多実二。鳥類研究で知られる動物学者が、鋭い問いを向けた。

     「君の描いたギンバト、羽根の数が足らんのと違うか」

     20代の淳之は迷わず答えた。「絵は数を合わせなあかんもんとは違います」。羽根を1枚減らして描かないと煩雑になるうえ、数を合わせたからリアリティーが増すものではないと、確信していた。

     自信に満ちた言葉に、動物学者と日本画家では対象に注ぐまなざしが異なるのだと川村も理解したのだろう。「そうか」と笑って引き下がった。

     「動物学者が求めるのは、西洋でよくみられる、自然と対峙たいじする写実的な生態画や。自然と共生する東洋の花鳥画とは、根本的に表現が違いますな」

     見たままを再現するだけでは花鳥画とはいえない。花や鳥を身近に感じ、心の対話を重ねることで、心情を託せるようになる。「そんな境地に達してこそ花鳥画となり得るんや」

     田畑や水辺が姿を消し、マンションが増え、床の間に四季の草花を飾る家庭もみられなくなった。鳥や花を見つめる体験が暮らしから縁遠くなり、花鳥画を描く若い人が少なくなった。

     「このままでは花鳥画が消えてしまうのではないやろか」。懸念は消えない。(敬称略)

    2017年07月05日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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