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    革バッグ ミリ単位製造

    アストロ・テック (南三陸町)佐藤秋夫社長

    • 革バッグ「LOOM BAG」(右)と、自社ブランドの布バッグを手にする佐藤さん(南三陸町で)
      革バッグ「LOOM BAG」(右)と、自社ブランドの布バッグを手にする佐藤さん(南三陸町で)

     小さな町工場の中で、電子部品をはんだ付けする「ウィーン」という音と、革を裁断する「ガタガタ」という音が交錯する。電子部品製造会社「アストロ・テック」では東日本大震災後、畑違いの革製バッグも作るという奇妙な光景が見られるようになった。

     そこで生み出される「LOOM BAG(ルーム・バッグ)」は東京や大阪の百貨店などにも並ぶ。2014年夏に皇后さまが南三陸町を訪問した際、手に提げられていたこともあって、話題になった。今やバッグの売上高は本業を上回る。

     社長の佐藤秋夫さん(65)が「手先に神経を集中させ、ミリ単位の技術で勝負するところはバッグも電子部品も同じ」と話すように、町工場が積み上げてきた高い技術は、バッグ製造にも生かされている。

     「地域再生のため、南三陸発のバッグを一緒に作りませんか」。仏高級生地ブランドの日本法人「ドーメル・ジャポン」社長・加賀美由加里さん(69)から誘いを受けたのは震災3か月後の11年6月。

     町内の工場と自宅を津波で失った佐藤さんは、どんな仕事でも引き受け、社員の雇用を維持することが復興につながると、引き受けた。「元に戻すだけではなく、その先に成長してこそ復興だ」という思いも、異業種へのチャレンジを後押しした。

     震災前は、医療機器や防災無線などの部品を製造。少量でも多種多様な部品の製造を請け負い、商品数は100種類を超えた。ただ、08年のリーマン・ショック後に稼働率が一時約3割となった経験から、受注先が一つの業界に偏るリスクや本業を拡大する難しさも感じていた。

     バッグ製造の受託生産を始めたのはいいが、当初はバッグの幅を指す「マチ」という言葉すらわからなかった。星の輝きをイメージした濃紺に白いラインが入った革バッグが完成したのは12年秋。1年以上かかった。店頭に並ぶと、被災地支援の追い風もあって、販売は好調だった。

     「はやり廃りの激しい服飾業界だからこそ、自社ブランドを作らないといけない」と考え、13年12月には、布製のバッグ「オルディネール」を発売。公募で寄せられた約500点の中から選んだデザインは人気となり、一時は注文から3か月待ちの状態になった。

     「明日を取ろう」。社名に込められた思いだ。リーマン・ショック前には、火災で工場を失ったこともある。それでも、壁を乗り越えられた。津波で工場が流されても、「きっとチャンスに変えられる」と、震災1か月後に登米市の空き工場を借りた。12年10月には、南三陸に戻り、本格的に操業再開した。

     「何もかもなくなったからこそ、新しいことに挑戦できる。若者が働きたいと思える環境を作るのが故郷への貢献だ」。静かな口調に強い思いがにじむ。(安田龍郎、おわり)

    2016年01月08日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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