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    元世界王者 教師へ転向 ボクサー高山さん進学

    • 「不可能を可能にしてきたボクサー人生が子どもたちの参考になれば」と語る高山さん(大阪市北区で)
      「不可能を可能にしてきたボクサー人生が子どもたちの参考になれば」と語る高山さん(大阪市北区で)

     ◇日程変更・反則グラブ・・・海外の厳しさKO

     プロボクシングのミニマム級元世界王者で、今年4月に引退した大阪市出身の高山勝成さん(34)が教師を目指して、大学で学んでいる。中学卒業と同時にアルバイトをしながら選手生活を始め、海外の試合で受けた不利な扱いをはねのけて、日本人初の世界主要4タイトルを達成した猛者だ。新たな夢である2020年東京五輪出場を花道に、教壇に立ちたいと意気込む。(浦西啓介)

     中学2年の7月、友人の誘いでジムを訪れ、ボクシングに出会った。「最低でも日本王者。世界王者にもなる」と目標を立てて失笑された。だが、「初志を貫いて、プロボクサーとして勝負する」と高校には進学せず、2000年に17歳でプロデビューした。

     焼き肉店やガソリンスタンドなどで働く時間以外は、ボクシング漬けの毎日を、自らに課した。中学のラグビー部で鍛えた動きで、相手のパンチに即応し、用心深く攻撃するスタイルで頭角を現し、21歳と23歳で世界の2タイトルを制覇した。それだけで満足せず、さらに残る世界2タイトルへの挑戦を決意したが、当時、国内のプロライセンスでは挑めなかったため、海外に拠点を移した。

     それから何度も、不利な戦いに悩まされた。試合会場や日程が直前に変更され、調整が万全でないままリングに上がることもあった。試合中にセコンドが会場の外に連れ出されたり、正確な数値を示さない体重計に乗せられたりした。対戦相手がプラスチックを仕込んだグラブを使い、苦しめられたこともあった。

     「どんな状況でも対応しなければ、世界では勝負できないという覚悟が身についた。何より自分が強ければ、必ず勝てるという信念があった」と振り返る。そして、13、14年と立て続けに、目標の残る世界2タイトルを獲得した。

     日本に戻り「夢を持ち、固い意志で自分の道を切り開くことが大切だ。ボクサーとしての経験を子どもたちに伝えたい」と、教壇を第二の人生の場に決めた。30歳を過ぎて高校に入り、今春、名古屋産業大(愛知県尾張旭市)で学び始めた。

     プロ引退にあたり、「ボクサー人生の集大成」と東京五輪出場を目指すと宣言したが、また目の前に高い壁が現れた。日本ボクシング連盟は規則で、引退から3年以上経過するなどの条件を満たさない限り、プロのアマ転向を認めない。東京五輪までの規則改正を求め、関係者が署名活動を行っている最中だ。

     それでも、高山さんは誓う。「プロになると公言した時も、世界に挑戦する時も、みんなには無謀だと思われた。けれど、すべてかなえてきた。東京五輪でメダルを獲得し、『無理だ』とあきらめる必要がないことを、教壇から身をもって訴えたい」

    2017年11月11日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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