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    <1>可能性へ踏み出す一歩

    • 両親とおもちゃで遊ぶ楓子ちゃん(中央)。元気いっぱいの女の子だ(大津市で)
      両親とおもちゃで遊ぶ楓子ちゃん(中央)。元気いっぱいの女の子だ(大津市で)

     楓子ふうこちゃん(3)は、よく笑う。

     大津市内の自宅で、元気よく走り回っていた。時折、バランスを崩して床に膝をぶつけてもへっちゃら。身ぶり手ぶりで「お風呂に入りたい」「車に乗りたい」などと気持ちを伝える。そばには人工呼吸器、酸素濃縮器などの医療機器が置かれていた。

     楓子ちゃんは、仮死状態で生まれた。睡眠時に呼吸が浅くなる病気「先天性中枢性低換気症候群」と診断され、すぐに気管切開をした。疲れたり、集中したりした時も呼吸が弱くなり、呼吸困難に陥るという。

     病気の有効な治療法は見つかっていない。母の永井寛子さん(31)は「体調がすぐに変わるので、一瞬でも目を離すことができず、不安な毎日を送っていました」と振り返る。

        ◎

     生活に変化が起きたのは昨年4月。大津市立やまびこ総合支援センター内にある障害児の療育施設「やまびこ園・教室」に通い始めた。昨年は週2回、今は週5回、午前10時~午後3時まで畑で野菜を栽培したり、遊具で遊んだりして過ごす。

     施設には、楓子ちゃんのようなケア児を含めて発達支援が必要な約60人が在籍する。七つのクラスに分かれて、保育士や看護師ら約40人が障害の程度、種類によって一人一人に合わせた療育を実践。初めて経験する集団生活の中でもまれ、慣れた後に保育所、幼稚園に移る子どもも多いという。

     友だちとジャングルジムにも登る娘の姿に父の裕司さん(32)は「楓子の可能性をできる限り、伸ばしてあげたい」と語る。寛子さんには、働きたいという気持ちもある。施設の保育士らとも相談して、来年春からは市立保育所に通えるようにと入所申請書を提出した。

     松尾まゆみ園長(60)は「子どもだけでなく、保護者も支援できたらと考えています」と話す。

        ◎

     大津市は「希望する全ての子どもを保育、幼稚園で受け入れる」という理念を掲げ、1973年から全国に先駆けて障害児保育の制度を始めた。乳幼児健診を充実させ、発達支援が必要と判断されれば医師らの意見も踏まえて進路を検討する。

     市は全ての市立保育所に看護師1人を配置し、ケア児の通園が決まると、さらに1人を手配し受け入れ体制を整える。今年度は2人が通う。

     ケア児を受け入れる保育所は厚生労働省によると、全国で260か所(2015年度)にとどまる。同市の発達相談員・高田智行さん(47)は「大津にとってケア児の受け入れは特別なことではない。入所したいという声があれば、行政はそのために準備する。子どもにとってプラスになるなら、できることは何でもしますよ」とほほ笑む。

     裕司さんと寛子さんは願う。「子どもが、どんな未来も自由に選択できる。そんな世の中になれば」

     楓子ちゃんは新しい世界に向かって、大きな一歩を踏み出そうとしている。

     ■医療的ケア児

     厚生労働省の推計では、0~19歳の医療的ケア児(ケア児)は2005年度の約9400人から15年度には約1万7000人にまで増えた。これまでは、法的な受け皿がなく、十分な支援が受けられなかったが、昨年5月に児童福祉法が改正され、全国の自治体にケア児の支援が努力義務として追加された。

    2017年12月13日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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