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    <5>国もろさ 息子に教わる

    • 「私が頑張って、世の中を変えていきたい。他のお母さんが続けるように」と語る野田さん(総務省で)
      「私が頑張って、世の中を変えていきたい。他のお母さんが続けるように」と語る野田さん(総務省で)

     総務相の野田聖子さん(57)は医療的ケアが必要な長男の真輝まさき君(6)を育てている。これまでの歩み、思いを聞いた。

     「息子が健常者で生まれていたら政治家を辞めていたかもしれない。息子が、この国のもろさを教えてくれた。変えないといけない」

     

     米国で卵子提供を受け、2011年1月、真輝君を出産した。肝臓や心臓などに疾患があり、2年余り入院。人工呼吸器を付け、胃ろうで栄養を取る。

     

     「息子が生まれるまで、医療的ケア児の存在を知らなかった。病児、患児、障害児とも言われ、身分が定まっていないから社会保障の対象にならない。そもそもこの国に相談窓口がないということから始まった」

     退院後は夫婦2人で面倒を見る日々。入院中は完璧なケアを受けられたが、社会に出た途端、支援はなくなった。誰かが24時間、真輝君に付き添わなければいけない。当時、第2次安倍政権下で与党・自民党の総務会長を務めていた。夫は仕事を諦めた。

     14年9月、障害児保育園に預けることができた。その後、真輝君は歩けるようになり、より障害が重い子どもを優先させるべきだと思い、卒園を待たずに新たな保育所探しを始めた。

     

     「受け入れに一番前向きと考えていた公立の保育所は、話を聞いてくれなかった。看護師の派遣を自費で依頼するしかなかった。そうでもしないとケア児は受け入れてもらえない。綱渡りで生きてきた」

     

     今年4月からは東京都内の特別支援学校に通うが、入学する時に「保護者が付き添って下さい」と言われた。当初、公務がない月曜日は自ら送迎し、校内の控室で終日待機した。教育委員会や学校と話し合いを重ね、付き添いが不要になり、送迎バスが利用できるようになった。

     

     「バスに乗っている間に、のどに挿入しているカニューレ(管)が外れても、『30分は死にません』と主治医と一緒に証明した。介護だとケアマネジャーがいて、各方面との交渉、手配などを担ってくれるが、ケア児は全て親がしないといけない。それはおかしい。なんとか小さな入り口でもいいから作りたい」

     

     政治家としてもケア児の問題に取り組む。超党派の勉強会を作り議論を重ねる。児童福祉法の改正に合わせ、ケア児の支援を盛り込むように求め、全国の自治体に努力義務として課された。徐々にケア児を取り巻く周囲の状況は変わり始めているが、まだ、道半ばという。

     今月上旬、安倍首相も交えた食事会で真輝君から無料通話アプリ・LINE(ライン)で連絡があった。非公式の場だったこともあり、ビデオ通話で安倍首相に代わると真輝君は大喜び。「お礼にモノマネをして」と言うと、首相官邸に入るときの手を上げるしぐさを披露。みんなで大笑いした。

     「ケア児が生きていく、家族が生活していくには、まだまだ壁を溶かして、取り払わなければいけない。私と息子で前例を作って、少しずつでも変えていきたい。ケア児を育てる全国の家族が『野田さんの家ではやってるじゃん』と言えるくらいにはね」

         ◇

     1960年生まれ。上智大学外国語学部を卒業後、帝国ホテルに入社。87年、岐阜県議に当選。93年、衆院議員に初当選し、98年には郵政相に就任した。2012年には自民党総務会長に起用され、今年8月からは総務相を務める。

    (この連載は北瀬太一が担当しました)

    2017年12月17日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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