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    <5>支え合う力一人三役 亡き父に誓う全力人生

    • 「次代を担う若者の挑戦を全力で支援したい」と奮闘する矢田さん(右)=昨年12月、雲南市で
      「次代を担う若者の挑戦を全力で支援したい」と奮闘する矢田さん(右)=昨年12月、雲南市で

     ◇3児の母で、保健師、NPO代表 矢田明子さん 34

     小学6~2年の息子3人を育て、“新米”保健師として病院で働き、雲南市にあるNPO法人の代表理事も務める。出雲市大津町の矢田明子さん(34)は、<三つの顔>を持つパワフルウーマンだ。

     22歳で結婚後、地元の社会福祉協議会や広島市の会社などで働いてきた。28歳で県立大に入学して看護師免許を取得し、島根大医学部看護学科に編入して2014年に卒業、雲南市の病院の臨時職員になった。夫は今、兵庫県へ単身赴任中。「この10年間、専業主婦だったのは3か月くらい」。周囲に支えられ、力いっぱい生きている。

     生粋の出雲人。看護の勉強をしたいと一念発起して県立大に入ったのは、26歳で経験した父・隆之さん(当時55歳)との別れが契機だった。

    老舗の和菓子店を営み、朝4時から仕込みや配達、卸しなど、働き詰めだった父。地域の行事にもよく顔を出し、配達途中に白い仕事着のまま授業参観に顔を出すこともあった。外見を気にすることもない。愛情は感じていたが、そんな姿を心の底で「格好悪い。やだなぁ」と感じていた。

     そんな父が突然、病に倒れた。末期がん。「風邪もひいたことないような人。死ぬなんて、想像もできなかった」。自分も親となり、仕事の大変さや注いでくれた愛情の深さが、分かり始めた頃だった。

     なんで、こうなる前に……。自責の念にさいなまれながら見舞いに通った。父は良く世話をしてくれる看護師らの人柄などを語り、「信頼でき、ありがたい」と感謝していた。だが、日ごとに衰弱し、体の自由が利かなくなっていく。

     そして、亡くなる1週間ほど前。病床を訪ねた明子さんは、硬い表情で決心を伝えた。「私も、看護師さんになるけんね」。父は苦しそうに、「あぁ……」とだけ応じた。だが、死の直前には、母にこう伝えていたと知った。「明子が看護師になると言ってくれて、うれしかった。がんばってほしい」

    受験に備え、しんどくてまぶたが痙攣けいれんするほど勉強に打ち込んだ明子さん。県立大と島根大で学ぶうち、人の暮らしや「生きる」ことには、対処療法などの学問だけではない、幅広い取り組みが必要と考え始めた。日頃からお年寄りらとふれ合い、病気の予防と幸せ作りをサポートする保健師。元気なうちに、何もお返しができなかった父への思いが、その道を選ばせた。

     県立大3年の時、人材育成を目指す雲南市の取り組み「幸雲南塾」を知り、1期生に。同市でNPO法人「おっちラボ」を設立し、同塾や「うんなん若者会議」を運営、仲間と地域を支える人材を育てている。同NPOは週3日の病院勤務と兼務。朝6時に起きて食事の用意をして子供たちを送り出し、布団に入るのは日付が変わった深夜1時……。

     「周囲が支えてくれるから、働きながらやっていけるんです。子供が生まれたから仕事をやめる、じゃなく、困ったら、泣き言でもいいから気後れせず相談する。『お母さん』たちに、もっと自分の思いを発信してほしい」。父も見守ってくれていると信じている。(宮地恭平)

     ◇幸雲南塾 地域活性化の人材育成を目指し、2011年に始まった。県内外の若手起業家らとの議論やフィールドワークを通して、地域課題を解決するための計画を立案する。開講後、約半年かけてプランを練り上げ、11月の最終報告会で成果を発表する。

    2015年01月07日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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