文字サイズ

    お茶と人生苦くない

    会社員⇒日本茶ソムリエ

     小山市内の神社参道脇にある日本茶カフェ。店主の小林博さん(63)は、カウンター越しに玉露を茶わんに注ぎながら、司馬遼太郎の小説「峠」の主人公・河井継之助に自らを重ね合わせる。「格好良い、男の生き様を見せたい」。小説を読んでそう思い、会社勤めを辞めて店を開いた。「人との会話も好きだし、人の笑顔を見るのも好き。店に出るのが楽しくてしかたない」。お茶を差し出すと、満面の笑みがはじけた。

    • 心を込めて日本茶を入れる小林さん(12月13日、小山市で)
      心を込めて日本茶を入れる小林さん(12月13日、小山市で)

     日本茶の味は、「湯の温度」「湯の量」「茶葉の量」「注ぐまでの時間」で決まるとされる。「1種類の茶葉でも無限の味を引き出せる」と力を込める。日本茶のソムリエとも言われる「日本茶インストラクター」の資格を持つ。だが、狙った味を出すのは難しい。「常に90点以上は出せるが、100点は100回入れて3回ぐらいですね」

     一方で、「日本茶は乱暴に扱うと、乱暴な味にしかならない」と細心の注意を払い、一杯一杯に心を込める。それだけに、お茶を飲んだ客の顔がほころぶと、何にも代え難い喜びがわき起こる。「日本茶は苦いというイメージがありますが、甘い物なんです。そのおいしさを多くの人に知ってもらいたい。日本茶の概念を変えたい」。信念を貫こうとする思いは、大好きな司馬小説の主人公に通じる。

     大学は経済学部経済学科。金融関係への就職を希望し、「銀行より証券の方が男っぽい。自分で客を引っ張っていけそうだ」と証券会社に就職した。横浜支店などで営業を務めたが、人間関係がうまくいかず退職。その後、医療機器メーカー、ドイツ系製薬会社、スイス系医療機器メーカーによる買収・合併と、会社や職場は変わったが、一貫してサラリーマンを続けてきた。

     転機は50歳を前にした頃。元々、55歳ぐらいで会社勤めを辞めるつもりだった。「次に何かやるなら、それくらいの年齢かなと」。そう思いながら、残すべき物を整理しようと考えた。身近なものの一つに日本茶があった。子供の頃から大好きだった。おばあちゃん子で、いつも一緒に飲んでいた。断捨離の結果は「1番に妻、次が日本茶」だった。

     「様々なお茶を飲んできたが納得できなかった。もっとおいしいお茶があるはず」。その頃から、地方で開かれる会議や学会に出席する度、足を延ばしては近くのお茶の産地を訪ねるようになっていた。京都や静岡はもちろん、鹿児島や名古屋、仙台……。

    • サラリーマン時代の小林さん(右)は海外出張にも飛び回った(ドイツで)
      サラリーマン時代の小林さん(右)は海外出張にも飛び回った(ドイツで)

     本社の部長にまでなったが、早期退職制度の導入を機に退職した。想定とほぼ同じ56歳だった。しばらくはブラブラしていたが、日本茶を仕事にすることは決めていた。

     日本茶に関する造詣を深め、2009年4月に日本茶インストラクターの資格を取ると、朝市やイベントで茶店を出すようになった。翌年、市内にオープンした屋台村に店を構えた。カウンター6席のみの日本茶カフェ。より良い物件を探していたところ、閉店していた山小屋風の喫茶店が目に入った。「参道の入り口で日本茶の店にはもってこい。自宅にも近い」

     知り合いを通じて所有者に貸してくれるよう頼んだ。返事はつれなかったが、約束なしで訪ねてお茶を入れると心が通じた。借りられることになり、初めて店内を見て驚いた。喫茶店だったのに畳敷きの座敷があった。「店が私に借りてくれと言っていたんだ」。運命を感じながら12年2月、現在の場所に店を移した。

     年収はサラリーマン時代から大幅に減ったが、「好きな物に囲まれているから幸せです。それに、若い人から『日本茶ってこんなにおいしかったんですね』と言われるとうれしいですね」と、全く苦にならない。

     最近、うれしいことが二つあった。一つは、20歳代と30歳代のなじみ客2人が日本茶インストラクターの試験に合格したこと。もう一つは、白鴎大の学生に「同好会を作るから講師になって」と誘われたこと。

     「日本茶カフェは東京や京都に多いが、数年後には地方都市にも増えてくる。『日本茶飲みに行こうよ』という言葉が若者の流行になれば。日本茶の良さを広め、伝えたい」。そう願い、今年は日本茶教室の開催も考えている。(谷和幸)

             ◇      ◇

    須賀神社参道脇20種類を常備

    • 落ち着いた雰囲気の店内。奥には座敷席も
      落ち着いた雰囲気の店内。奥には座敷席も

     関ヶ原の戦いの行く末を決めた軍議「小山評定」の舞台となった須賀神社の参道入り口脇に、日本茶カフェ「ちゃみせ茶るん」は立つ。カウンター5席、テーブル6席、座敷6席の店内は木のぬくもりがあふれ、BGMにはスロージャズが流れる。

     開店2周年を控える店では、小林さんが全国各地の産地に自ら足を運んで選んだ煎茶、玉露、抹茶、和紅茶の4種類をメーンに、緑茶とウーロン茶の中間にあたる「包種(ほうしゅ)茶」や「生姜(しょうが)茶」など、約20種類の日本茶が常備される。

     急須や茶わんは茶葉の種類に合わせて大きさや形を選び、客の好みに応じて入れ方も変える。全国各地から取り寄せた和菓子付きで、1杯450~700円と値段も手頃。お薦めの茶葉も販売し、要望があれば入れ方も教える。小林さんは「日本茶を飲むとホッとできるし、成分も体に良い。店に来て癒やしを感じてもらえれば」と話す。

    2014年01月07日 00時05分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    PR
    今週のPICK UP

    理想の新築一戸建て