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    (4)父の労作一人で守る

    下山千歳白菜

    • 普通の白菜(左)と下山千歳白菜を持ち、大きさの違いを説明する下山さん(12日、世田谷区で)
      普通の白菜(左)と下山千歳白菜を持ち、大きさの違いを説明する下山さん(12日、世田谷区で)

     下山千歳白菜の特長はその大きさだ。1個抱えるだけで精いっぱいの重さ約10キロ、長さ約50センチになるものもあり、普通の白菜が4分の1ほどにしか見えない。ただ一人育てているという世田谷区の農業下山繁雄さん(71)は、同区北烏山の住宅街の一角に広がる畑で2種類の白菜を並べ、「こんなに大きな白菜、見たことないでしょう」と誇らしげだ。

     1950年代に開発された下山千歳白菜は、下山さんの父義雄さんが病気に強い白菜から種を採り続け、約20年間かけて作ったという。自身の姓と、地元の旧千歳村の地名から名付けた。

     病気に弱い白菜が戦後、大生産地の埼玉県などで壊滅的な被害を受ける中、下山千歳白菜は生き残ったことから注目され、関東一帯で広く栽培されるようになった。葉が厚く、貯蔵性にも優れて漬物などに適し、重宝されたという。

     だが、核家族化が進んで小ぶりな白菜が好まれるようになると、栽培農家は急激に減り、わずか10年余りで見られなくなった。

     そんな下山千歳白菜が復活したのは98年。地元の名を冠した野菜の存在を知った地域の歴史や環境を伝える団体のメンバーが、地域振興に「もう一度つくってほしい」と頼み込んできた。取引のあった種苗店が種を保存しており、わずか100粒の種から栽培を再開した。下山さんは当時、出版社に勤務していたが、定年退職後の2002年に本格的に後を継いだ。

     3年ほど前から、区内の小中学校の給食で下山千歳白菜が使われるようになった。区立北沢中学校では今月、クリームスープやシューマイが出され、生徒に大好評だった。栄養士の加瀬あす香さん(37)は「ふわっと土の香りが広がる。和洋中どれでも使えて万能だ」と強調する。

     給食用食材の卸売会社「ミズホフーズ」(調布市)の池田隆社長(64)は「いくら伝統野菜が大切と言っても、食べる人がいないとダメ。家庭には大きすぎるサイズだが、給食が新たな活路になる」と期待する。

     最近は「キムチにちょうどいい」と、近所の主婦が何人も畑に買いに来るなど、ちょっとしたブームにもなっている。

     目下の課題は都心の暑さだ。病気に強いとされた下山千歳白菜も、ここ数年の猛暑や局地豪雨などでうまく育たないときもあるという。今年は根が腐るなどし、まいた1割にあたる約100株しか採れなかった。

     「地域の誇りとおやじへの孝行のため、死ぬまで守りたい」。自慢の白菜を絶やさぬよう、下山さんは栽培方法に考えを巡らす毎日だ。

    (倉茂由美子)

    2013年12月16日 16時48分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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