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    駅メロ、心に安らぎ…東京30th 平成時代(1)

    時代 地域 愛 奏でる

     30年目の「平成」が明けた。1989年に始まった平成は来春、幕を閉じる。この間、東京の人々の暮らしや街の姿はどう変わったのだろうか。平成元年に東京で起きた出来事をひもとき、歩みを振り返りつつ、新たな時代へのメッセージを探る。

    東京30th ~平成時代~ 駅メロディーの動画は こちら

    官から民へ、「鐘」の音

    • 新宿駅で再会を果たした中込さん(左)と井出さん。駅にメロディーが初めて響いた当時に思いをはせる(26日、JR新宿駅で)=高橋美帆撮影
      新宿駅で再会を果たした中込さん(左)と井出さん。駅にメロディーが初めて響いた当時に思いをはせる(26日、JR新宿駅で)=高橋美帆撮影

     冷たい冬の風が吹き抜ける、JR新宿駅の中央線特急ホーム。新型車両に衣替えして間もない「特急スーパーあずさ」の出発が迫り、発車メロディーが鳴った。

     乗り遅れがないよう促しながらも、どこか心が落ち着く響き。30年ほど前、ホーム担当駅員だった中込正夫さん(54)は「音楽とともにお客さまを見送ることになるとは、想像もつかなかった」と語る。


    ■親しみ

    • 発車メロディー導入前に使われていたラッパ型のスピーカー。ここからベル音が鳴っていた(1967年新宿駅で撮影)=鉄道博物館提供
      発車メロディー導入前に使われていたラッパ型のスピーカー。ここからベル音が鳴っていた(1967年新宿駅で撮影)=鉄道博物館提供

     国鉄の分割民営化で1987年に発足したJR東日本。「官から民へ」と組織が大きく変わる中、いかに親しみやすい駅をつくるかは、大事なテーマだった。

     毎日約150万人が乗り降りする新宿駅で利用者と接していた中込さんは、「サービスでは、ほかの駅に負けたくなかった」と思いを明かす。

     時刻表を利用者の目線と同じ高さに変えたり、路線の案内表示をカラーにしたり。駅の改革が進む中、「発車音」にも目が向けられた。

     それまで、ホームでは、ラッパ型のスピーカーが「プルルル……」と無機質なベルの音を響かせていた。通勤ラッシュ時、山手線や中央線は約2分おきに電車が発着し、けたたましく鳴り響くベルの合奏に。客の表情は険しさを増していった。

     「事故を防ぐという目的はそのままに、快適な音楽を導入してはどうか」。社内で意見がまとまった。

     JR東で初の「発車メロディー」の制作が決まった。

    ■300試作

     「頼まれたのは、いわば『怒りながら笑う』ような、矛盾する音だった」

     当時、大手音響メーカー「ヤマハ」の社員として、発車メロディー制作の中心を担った井出祐昭さん(62)は振り返る。

     通勤・通学の客でごった返す朝。酔客でにぎわう終電間際。駅のホームでは、それぞれの事情を抱えた人々の、無数の感情が交錯する。十数秒の音を作るのは普通なら難しくはないが、「落ち込む人やイライラしている人が楽しげな音を聞くと、余計気分を害してしまう。難題だった」と、井出さんは言う。

     様々な楽器を使い、音の高低などを変えつつ録音を繰り返した。約300種類を試作し、ラジカセを使って実際にホームで流しては、周囲との調和を見極めた。

     ある晴れた日の昼下がりだった。試作した1曲を流した時、ベンチに座る高齢男性が、ニコッとほほ笑んだ。「鐘」の音の特徴を、ピアノで表現した曲だった。

     古くから寺や教会で、時を知らせてきた鐘。鳴らした瞬間は、ハッとするような鋭い音が耳を突くが、その後、人を包み込むような余韻が続く。

     まさに、「矛盾」を解決する音の構造だった。

     当時の新宿駅は全12番線。どの路線も「鐘」をベースに、楽器を変えて仕上げた。同時にかけても互いの音を邪魔せず、調和がとれていた。

     「今思うと、ベンチの男性は音の神様だったのでは」。井出さんはそう言う。

    ■反応上々

     1989年(平成元年)を迎えた。終電後のホームで、完成したメロディーのテスト放送が行われた。

     「こんなにきれいな音になるのか」。ブザーとは全く違う響きに、ホーム担当の中込さんは感激した。

     その年の3月11日、駅にメロディーが導入された。「これが新しい音? すごいね」。反応は上々で、乗り遅れなど混乱もなかった。

     発車メロディーはその後、都内の主要駅、そして関東の各駅へと導入が進んだ。

     ヤマハを退社し、音の研究所を設立した井出さんのもとには、今も「当時の音が聴きたい」という声が寄せられる。全国の施設で音響を手がける井出さんは、「駅で多くの人に響く音を追求した経験は、今も生きている」と誇る。

     一方、現在はJR東の甲府地区センター所長を務める中込さん。新宿駅にも出張で定期的に訪れる。発車メロディーは2001年に刷新され、当時とは異なる響きとなった。

     「時代に合わせて、人の心に残るサービスをこれからも届けていきたい」

     甲府に戻る際、車窓からは当時と変わらない人の波が見える。駅と人、そして時代に思いをはせるうちにメロディーが終わり、列車が動き出す。

    シンプルに聴きやすく

    • 音楽制作会社「スイッチ」の会長・小川洋一さん
      音楽制作会社「スイッチ」の会長・小川洋一さん

     駅のメロディーは、次第に「ご当地ソング」と結びつき、平成時代を通じて大きな広がりを見せた。

     JRや東京メトロなどの駅メロ約500曲を制作した音楽制作会社「スイッチ」(中央区)。同社の会長・小川洋一さん(68)によると、ポイントは「音のシンプルさ」だという。

     駅メロには「発車メロディー」のほか、到着を知らせる「接近メロディー」もあり、いずれも5~20秒程度。混雑の中、短い時間で、スムーズな乗り降りや事故防止という役割を果たすには、複雑な音の構成ではなく、聴きやすさが重要だ。

     一方で、乗降の合間に地域にゆかりのある曲が耳に入ってくれば、地元への愛着が生まれ、周辺地域のPRにもなる。JR高田馬場駅のメロディーは、漫画「鉄腕アトム」の主人公・アトムが生まれた地、という設定から、地元の要望で導入された。

     小川さんは「音を使って地域を表現できるというのは大きな発見。今後は、路線の駅メロを合わせると一つの楽曲になるような作品も作ってみたい」と話す。

    2018年01月01日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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