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感動心に飛び込む![]() 悲しい物語が残る二上山を背に万葉ゆかりのロマンを語る檀ふみさんと中西さん。左は石舞台(3月23日、奈良県明日香村で)
中西「いたく吹く」風は痛い 檀「携帯世代」の表現楽しみ「平成」という時代を歌に残す「平成万葉集」(読売新聞社、「万葉のこころを未来へ」推進委員会主催)の作品募集が6月から始まる。おおらかな万葉と、未来に向かう平成――。この二つの時代の懸け橋となる歌への期待を、選考委員の国文学者・中西進さんと女優・檀ふみさんが対談して熱く語った。場所は、中西さんが館長を務める奈良県立万葉文化館で行った。 檀 きょう、こちらに伺う途中にタクシーの運転手さんから、「あれが天香久山です」と教えていただいて、びっくりしました。えっ、これが天香久山? 小さい山だとは知っていたけど、改めて万葉集に親しんでくると、「これですか」という感じ。ぽこっとあるんですね。 中西 大和三山の天香久山は、もこっとしているんですけど、耳成山と畝傍山は富士山形です。どら焼き形の女性が、猛々しい富士山形のどっちを好きになるかと、けんかをした話。女性が心を寄せるということで男性が争う。2人の男性で1人の女性。 檀 私、反省したんです。天香久山も何回も見ているはずなのに、今まではすっと通り過ぎていた。 中西 やっぱり、発見する、感動するのが歌の中心です。万葉集の歌は万葉の人たちが心に思ったことをそのまま歌にした。複雑な気持ちを込めていない。心に感動がそのまま飛び込んでくるはずです。 檀 今年1月からNHKハイビジョンの番組「日めくり万葉集」で朗読を担当しているんですが、本当におもしろい。万葉の歌は素直に歌われているので、ぱっと分かるものが多い。 中西 新古今和歌集など技巧的になる前のものだから、素直に共感できる。 檀 万葉の時代に確立した言葉は、できたばかりだからか、表現そのものも素直ですね。 中西 「風がいたく吹く」と言うでしょう。「いたく」というのは、先生は子供に、「これは『非常に』という意味だ」と教えるのですが、そうではなくて本当に痛いんです。 檀 強く吹く風は痛いですものね。「いたく感心する」みたいな言い方もある。 中西 そうそう。いたく感心したというときは、痛い、痛い、痛いと心が思っているんです。 檀 文法的には少しは違うらしいけれども、「わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも」のなかの「かも」という言葉。リービ英雄さんによると、これは英語のmaybe、要するに、すごくあいまいな表現なんですって。日本人らしいあいまいな、中国人とかアメリカ人にはすごく理解しにくい言葉。でも、若い人たちは、「いいかも!」と使う。だから、これって1000年生きている、万葉の時代から出てきたんだなんて詠みながら面白くて。 中西 万葉集を読むと、昔の人もぼくたちと同じなんだとか、自然をよく見ているなとか、みなさん驚くにちがいありません。こうした万葉の心を今に伝えたい。 ![]() 東の野にあけぼのの茜色が見え始め、振り返ってみると、もう月が傾きかけている
恋心もおおらか檀 万葉の人は、恋心をあらわすのにもおおらかですね。「あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖振る」。どうしてこんな大胆な歌が出るかな。額田王の歌は言葉に強さがある。私は、着物の産地めぐりをしていて、紫根染めをしている場所も訪ねていますが、今の日本では紫が取れる場所がほとんどなくなっている。昔は紫野で、紫をとって、格調の高い一番上の色を染めた。そこが標野になっていて、いろんな色が見えて、さらに着物の袖も出てくる。そういうイメージが頭で膨らむ歌。色彩と恋とがまばゆいぐらいの歌です 中西 舞台は広い。「紫野ゆき標野ゆき」だから。ところで、檀さんは、万葉をどういうふうにお好きになったんですか。 檀 やっぱりその場所に立ってみると違いますよね。あるときに奈良のお寺に伺ったら、引き戸のところに、「東の野に〜」という歌が書いてあって、「詠んだのはこの辺なんです」と教えられたんです。歌の通りになるときがあると聞いて、一度見てみたいと思った。後ろを振り返ると、月が傾いているという、雄大さもすごく好きです。 中西 私の場合は、旧制中学校の3年生のとき、万葉の歌が初めて出てきた。高市黒人の歌だと思いますけど、黒人というのはどういう名前かと質問した。それが最初の興味だった。 檀 名前から興味を持たれたんですか。 中西 黒人は、夜のお祭りに仕える人だという説があって、それが人間の名前になるなんて現代はあり得ない。私がまず興味を持ったのは、極めて万葉的な、古代的な言葉遣いです。 幼いほど分かる檀 耳で聞いても万葉の歌はいいですね。「日めくり万葉集」で朗読していて、つくづく思います。万葉集はほんとうに、幼稚園とか小学校の、「何が何だかわからない」といううちに音で覚えるのが一番いい。 中西 百人一首がそうでしょう? 小学2、3年のころには全部覚えました。 檀 さすが。私は小学校1、2年のころ、父とおふろに入ったとき、「あしひきの山鳥の尾のしだり尾の」という歌を、父と一緒に口ずさみながら覚えましたけど、それっきり。父が言って、それを子供たちに繰り返させていました。百人一首は高校の冬休みの宿題でしたので、必死になって覚えた。高校のときに学んで一番よかったことって百人一首を覚えたことだといまだに思います。 中西 五七調というのは日本人の呼吸の仕方と同じだという説があり、これがやっぱりいい。聞いたら、みんな快く思う。「赤信号みんなで渡れば怖くない」もちゃんと五・七・五。言葉ってリズムでしゃべっているから、言葉遣いも非常によくなる。大人になると、覚えたうえで理解すると、より心に残りますね。「かなし」だって説明するから、小学生がちゃんと理解する。例えば、「かなし」がなぜ愛する気持ちなのか。僕が腕時計を落としたら僕は悲しいか、悲しくないかと小学生に聞いたら、悲しいと答える。やはり大切な物を失うのは「かなしい」ですよ。 檀 子供のうちに覚えるのは大切。詰め込み教育はいけないけど、詰め込んどかなきゃいけないものもありますよね。 中西 むしろ幼いほど、万葉集はよく分かる。私が何年か前から小中学生に万葉集の授業をする「万葉みらい塾」では、歌の周りのことがらを取り上げません。その代わり、歌の気持ちをつかもうとします。また、この万葉文化館でも、何か古いものを展示しているわけでなく、万葉の歌は実は心に存在するということで、絵で表すなど広い視野での展示をしている。 ![]() 私の恋はいまかなしい。多胡の入野の行く末もかなしい
感じたまま歌う中西 檀さんは、平成万葉集にどんな期待をしていますか。 檀 平成万葉集に応募する人は、詠むときに、声に出して1回自分で歌ってごらんになったらどうかしら。私が選ぶときはきっと声に出して選ぶと思うの。 中西 ほんとうに自分で感じたままを歌ってほしい。おのずからそれは人間の証明に、ひいては、時代の証明になる。「昭和万葉集」というのはそれで非常に評価された。だから、平成万葉集も、心を素直に歌えば、平成はこういう時代だったんだと後々の人が知ってくれる。 檀 恋人同士で掛け合いをする相聞歌みたいなのがあっても面白いですね。カラオケのデュエットは、相聞歌から来ているという話があって、万葉の時代からそういう心があるのかな。 中西 2人で短歌をそれぞれね。例えば、夫が戦争に行って、短歌のやり取りをしたのを、いまでも持っていたら、両方応募してくれればいい。 檀 今という時代をどんなふうに感じているのか、生きているのかということを詠んでほしい。それこそ携帯電話なんかも出てくるだろうし。今の世相を映すだけじゃなく、ずっと永久に変わらない心もちゃんと歌ってほしい。 中西 携帯で驚いたのは、この間、新幹線に乗っていたら、前の座席の子は携帯でしゃべっている。その相手は窓の外にいて、携帯でさよならを言っている。 檀 携帯電話で言葉を書いている人たちがどういうふうに表現するのかなというのも楽しみですね。 |
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