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    大西飛行士の宇宙便り

    穏やかだった「そのとき」、無重力へ向かう不思議な感覚

     日本で初めて民間パイロット出身の宇宙飛行士になった宇宙航空研究開発機構(JAXA)の大西卓哉宇宙飛行士(40)が、10月末まで長期滞在する国際宇宙ステーション(ISS)から、読売新聞に寄稿することになった。今回は7月7日の打ち上げの様子とソユーズ宇宙船での生活、初めて間近に見たISSの印象などを報告した。全文を掲載する。

    「スター・ウォーズ」、「いきものがかり」…宇宙船内で聴いたリクエスト曲

    • 7月からISSに滞在している大西宇宙飛行士(ISSにて、JAXA/NASA提供).
      7月からISSに滞在している大西宇宙飛行士(ISSにて、JAXA/NASA提供).

     皆さんこんにちは。JAXA宇宙飛行士の大西卓哉です。7月9日から、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中です。10月末までの滞在期間に3回にわたり、ISSで感じたことや皆さんに知ってもらいたいことをお伝えしたいと思います。第1回は、「初めての宇宙飛行と、ISSの第一印象」です。

     私たち3人のクルー(乗員)の搭乗するロシアの宇宙船ソユーズMS型初号機は、7月7日にカザフスタンにあるバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。ソユーズでは、私は通称「レフトシーター」と呼ばれる立場で、船長であるロシア人のアナトーリ・イバニシン飛行士をサポートする、言わば副操縦士のような職務を担っています。

     打ち上げの2時間半前に宇宙船に乗り込み、40分前にはほぼ全ての船内の準備を終えていました。全てのシステム、異常なしです。窮屈なシートに収まって打ち上げを待つ間、ロシアの管制センターが私たちのために音楽をかけてくれました。

     事前に自分たちで好きな曲をリクエストしておくのですが、私は自分を宇宙の世界にいざなってくれた映画『スター・ウォーズ』のメインテーマや、ミュージカル「ウィキッド」の曲である『Defying Gravity』(重力に逆らう=まさに私たちにうってつけの曲名です!)、いきものがかりさんの曲などをリクエストしておいたのでした。

     音楽を聴いていると、不思議と緊張感や恐怖のような感情は沸き起こらず、静かに「そのとき」を待つ3人がいました。今この瞬間を固唾(かたず)をのんで見守っていてくれるであろう、多くの方々への感謝の気持ちで一杯でした。

     打ち上げ5分前に音楽がストップし、ロケットが打ち上げシーケンスに入り、自分のお尻のはるか下の方で、ガチャガチャと色々なものが動き始め、ロケットが胎動を始めました。

     (いよいよだ)とは思いましたが、それでも平静でいられたのは日頃の厳しい訓練の賜物かもしれません。あれだけ厳しい訓練を乗り越えてきたのだからきっと大丈夫という、自信が自分を支えてくれていると感じました。

    フワフワと浮いた熊のぬいぐるみ~上へ「落ちていく」ような感覚

    • 発射される大西さんらを乗せたソユーズロケット(カザフスタン・バイコヌールにて、7月7日撮影)
      発射される大西さんらを乗せたソユーズロケット(カザフスタン・バイコヌールにて、7月7日撮影)

     「そのとき」は思っていた以上に穏やかでした。

     ヘルメット越しにはロケットの轟音も小さく、ゆっくり体が持ち上げられ始めました。それからグングン加速度が上がっていき、体がシートに押さえつけられていきます。ロケットの打ち上げが順調に進んでいることを、管制官が逐一教えてくれます。

     やがて、ロケットの第1段エンジンの燃焼終了と切り離し。一瞬加速度が小さくなり、体感としてはこれまで体を持ち上げてきた大きな手が、急に手を放したように感じます。上昇から降下に転じるような錯覚が一瞬あったあと、そのまま第2段エンジンによって再度加速していきます。

     ISSまでの飛行を通じて、唯一私がビックリしたのはこのときの感覚でした。

     そのあとは、第2段、第3段エンジンと順調に切り離され、ソユーズは軌道に投入されました。無重力に達した瞬間、船内につるされた、私が娘から預かってきた熊のぬいぐるみがフワフワと浮き始め、自分が宇宙に来たことを教えてくれました。同時に自分が天井に張り付いているような感覚に襲われ、さっきまで自分の上だった方向へ「落ちていく」ような錯覚にとらわれます。この感覚は、程度は軽くなりましたがISSとドッキングするまでずっと続きました。

     軌道投入後は、宇宙船のシステムの作動点検、コントローラーチェックなどでコマンダー(機長)も私も慌しく作業に追われましたが、全て訓練でやってきた通り、チームワーク良く作業が出来たと思います。不具合続きになるシミュレーション訓練と比べると全てが順調で、むしろ拍子抜けするくらいでした。

    地上400キロの巨大建造物~科学への畏敬の念

    • ソユーズロケットの打ち上げを翌日に控え、記者会見に臨む大西さん(中央)。左は船長のアナトーリ・イバニシン飛行士(カザフスタン・バイコヌールにて、7月6日撮影)
      ソユーズロケットの打ち上げを翌日に控え、記者会見に臨む大西さん(中央)。左は船長のアナトーリ・イバニシン飛行士(カザフスタン・バイコヌールにて、7月6日撮影)

     初めて宇宙から日本を見たのは、打ち上げから半日以上が経った頃でした。管制官から、「タクヤ、いま日本の上空だよ」と教えられ、窓の外を見ると、夜の北海道がくっきりと見えました。ものの数十秒で、あっという間に通り過ぎていきましたが、とてもきれいに私の目に映りました。

     ISSにドッキングするまでの2日間、全てが計画通りに進み、宇宙船のシステムにも何のトラブルもありませんでした。改めてロシアの有人宇宙技術の完成度の高さ、信頼性の高さを目の当たりにしました。無駄をそぎ落とし、人を宇宙に届けるという、ただその1点だけに目的を特化させた機能美とも言えるものが、ソユーズにはあります。自動操縦によるドッキングで、無事に7月9日の朝にISSに到着しました。

     私の座るレフトシートのすぐ側に、小さな窓があります。その窓から初めてこの目でISSを見たのは、ドッキングまであと数十メートルというところでした。日没前の太陽に照らされた金色の太陽電池パネルと、それを支えるトラスと呼ばれる桁(柱)が見えました。そのあまりの大きさに驚きました。地上から400kmという軌道上に、これだけの建造物を作り上げた人類の科学力というものに畏敬の念を抱くと共に、強く心を揺さぶられた自分がいました。それは、宇宙から初めて地球を見たときの感動をしのぐほどのものでした。

    宇宙酔いや体液のシフトに苦しむ

     さて、こうしてレフトシーターとしての重要な仕事を無事に果たし、念願のISSでの長期滞在がスタートしたわけですが、最初の数日は戸惑いの連続でした。無重力状態で体をコントロールして移動するのもコツが必要でしたし(何度も頭をぶつけました)、宇宙酔いや体液のシフト(移動)による様々な症状に悩まされました。生活する上では、ゴミの捨て方ひとつとっても先輩に教えてもらわなければなりません。そんな、何から何まで新しい状況から1週間ほどが経つと、体がすっかり無重力状態に適応し、生活のリズムに慣れてくるのですから、人間の適応能力というのは計りしれません。

     「宇宙に行ってみたい」というのは、私の子供の頃からの夢でした。自分がいま、その宇宙にいるという実感は日増しに大きくなっています。環境の激変についていくのに精一杯だった体も、1つの夢を達成した喜びをようやくかみ締められるようになってきたように思います。それと同時に、自分に任せられた任務をしっかりと全うしたいという活力に満ちています。私の心は既に次の目標に向かって走り出しているのでしょう。

     無重力状態での仕事のやり方も、大分コツがつかめてきましたので、これからエンジン全開で、宇宙環境を利用した実験や研究に尽力していきたいと思います。打ち上げにあたり応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。これから先も、ミッションの最後までぜひ応援よろしくお願いいたします。

    2016年08月13日 09時21分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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