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    戦後70年を振り返る

    五百旗頭真氏…日米同盟と「隣交」重視の外交を

     戦後70年間、日本は平和国家として歩み、国際社会の信頼を築いてきた。この間、冷戦が終わり、中国の軍備増強や海洋進出、北朝鮮の核・ミサイル開発などで日本の安全保障環境は厳しさを増している。日本はこれからどう対処すべきか。戦後の日本外交に詳しく、安全保障の論客でもある五百旗頭真(いおきべまこと)・熊本県立大理事長に聞いた。

    (聞き手・調査研究本部主任研究員 福元竜哉)

    平和的発展主義と国際貢献

    • 五百旗頭真・熊本県立大理事長
      五百旗頭真・熊本県立大理事長

     ――戦後70年の日本の歩みと外交をどうみるか。

     日本人は、あの敗戦に終わった戦争を悔いて、戦後、強兵抜きの富国、経済を中心にした平和的発展主義に変えた。それは反省に基づいている。日本は人材面を含むほぼ全ての資源を経済に注ぎ込んだ。

     私が校長を務めた防衛大学校では、「自衛隊は戦前のような軍であってはならない」「シビリアンコントロール(文民統制)のきいた民主主義社会で信頼できる幹部をつくる」という吉田茂の強い思い入れを、初代の槙智雄校長が受け止め、教育にあたった。戦争の反省にたって戦後がある。

     戦後の平和主義は経済中心だが、利益だけで戦後日本が成り立っているわけではない。1960年代頃、日本は賠償に続いて政府開発援助(ODA)を大事にし、65年には青年海外協力隊を創設した。途上国への技術提供だけでなく、若者が現地の人たちと生活しながら支えることを始めた。それがもう4万人を超えている。つまり、金目のことだけでなく、人的貢献もしてきた。そうした戦後日本は、もっと評価されていい。

     70年代頃までは、東南アジアの人もまだ日本に対し、心にナイフを持っていたが、90年代にはもうそうではなくなった。私がある国で、「もう皆さんは日本の戦争のことは忘れたのか」と聞いたら、政府高官は「忘れられるようなものではない。だが、許すことはできる。なぜなら、自分たちは本当のビジネス、売るだけ売ったら退散するというのではなく、信頼性があり、持続するビジネスを日本から学んだ。わが国への技術支援では日本人の熱心な指導ぶりを見てきた。戦争を忘れたわけではないが、今さら言い立てようとは思わない」と語った。90年代には東南アジアのほぼ全域が、そうなった。

     残ったのが中国と韓国だ。

     韓国は金大中大統領の歴史的和解が一九九八年にあって、もう自分たちから歴史問題を言おうとは思わない、両国民の将来のために未来志向の協力をしたい、と大変かぐわしいことを小渕首相に述べた。

     日本は歴史問題を超えられるかもしれないと思っていたら、中国とはそうはいかなかった。その1か月後に江沢民国家主席が来日し、歴史問題を至るところで取り上げて日本を糾弾したため、日本のメディアから総スカン状態になり、日本の一部に「対中土下座外交反対」という論調も強まった。

     小泉首相がそれにどれだけ影響されたかは知らないが、自分が首相になれば毎年靖国神社に行くと宣言して、それを実行した。そうした中で日中間の首脳会談ができなくなり、せっかくいいところまできたのが行き詰まった。それが韓国に跳ね返って、韓国とも難しくなった。

    70年間の日米協力は大きな資産

    • 日米首脳会談に臨むバラク・オバマ大統領(右)と安倍晋三首相(左)(ワシントンで、2015年4月28日撮影)
      日米首脳会談に臨むバラク・オバマ大統領(右)と安倍晋三首相(左)(ワシントンで、2015年4月28日撮影)

     ――日米関係は政策面で摩擦や対立もあったが、基本的に良好だ。

     今年4月、安倍首相が米議会の上下両院合同会議で行ったスピーチは、非常に共感を得た。

     日米両国は太平洋戦争で戦った後、歴史的な和解を遂げた。同盟関係は大体10年が有効期限と言われるが、日米同盟は何と60年、70年という状態だ。一度戦った上で、両国はやはり協力する方が互いのためだと大悟し、恨みを引きずらず、関係を大事にした結果ではないか。

     米国による戦後日本の占領は、歴史上の様々な占領政策の中で健全なものだった。もちろん、特に日本の非軍事化は帝国の破壊に等しく、厳しいものだったが、占領後半期に経済復興は支えられた。

     民主主義というのは、時代の共通価値だ。日本自身も、実は強制されるまでもなく、明治には自由民権運動があり、大正デモクラシーを経験して、民主化を自前で求めてきた。もちろん振幅があり、軍部の時代には反対の方に振れていたが、戦後は米国によらなくても自前で民主化へ向かっただろう。そういうものが日本自身の内在的論理としてあったから米国の占領政策は成功した。

     しかも、米国の占領政策は他国に対するプランには珍しいほど綿密なもので、真珠湾攻撃直後から3年半かけ、日本をよく知る専門家たちが日本自身の内在的な力にある種の敬意を払いながら戦後の再建案を検討していた。

     日本が独立回復後、日本の首相が本気で頑張ったことは大体、米政府も了承している。吉田茂はダレス米特使に、再軍備をすぐにはしない、まず経済復興だと頑張って、結局認めてもらう。岸信介は、吉田が作った日米安全保障条約があまりにも不出来で、双務性がなく、日本が基地提供するだけで、米国の対日防衛義務すら書いていないのはひどい、と考え、これを対等化する安保改定をやりたいと言って認められた。

     池田勇人は、経済先進国の一極としての日本を目指し、ケネディ政権はそれを一生懸命サポートした。次の佐藤栄作に至っては、沖縄返還を得る。その後、橋本龍太郎は米軍普天間飛行場返還で米国と合意した。日本の首相が正面から腰を据えて要求したことは、意外と米国が受け入れている。超大国の意のまま、日本には追随しかないかのように思い込んでいる日本人も多いが、米国なりの自制と配慮もあった。

     それは、太平洋戦争の負の経験の教訓も大きい。戦争をやるまでは、日本なんて小指ではじくようにつぶせると思っていたが、やってみたらそうではなかった。真珠湾にせよ、硫黄島にせよ、小さな島国だが、けんかしてはいけない相手だと再認識した。だから、日本の首相が本気で求めることは大事にすべきだという考えも働いたのではないか。日本は日本で、米国のすごいパワーを認識し、協力することがどれだけ大事かと保守本流の政治家たちは考えた。それで70年の協力関係ができたのは大きな資産だと思う。

    中国・韓国との確執

     ――一方で、中韓との関係は曲折をたどってきた。

     小渕政権時代の有識者会議「21世紀日本の構想」で、私は外交分科会の座長を務めた。この時提言したのは、「日米同盟基軸」は大事だが、同時に「隣交」=アジア近隣諸国との良き交わりが両輪であるべきで、「日米基軸プラス隣交」だということ。この両方があって、21世紀の日本の航海は安定したものになる。そのためには米国との関係を大事にし、近隣諸国との協力関係をつちかっていく。日米同盟プラス日中協商、これが21世紀の日本外交のキーだ。

     当時、私はアジアの隣交もうまくいくんじゃないかと思った。東南アジアと静かなる和解ができ、韓国の金大中政権とも歴史的和解ができた。あとは中国だけ、いけるんじゃないか、という希望を当時は持った。

     ところが逆流が起きた。小渕さんは金大統領に、植民地支配に対する謝罪を文書で渡した。それをみた中国も謝罪文書を期待した。日本が、韓国と同様、中国ももう自分の方から日本の過去を糾弾しないという前提か否か探ってみると、「歴史は永遠に語られないといけない」、つまり批判する自由は持ち続ける意向のようだった。小渕さんは韓国と同じではないと判断し、文書は出さず、日中首脳会談の冒頭に侵略戦争へのおわびを述べた。

     中国は韓国に文書で謝罪しながら、中国には出せないのかと憤慨されたようで、来日した江沢民国家主席が過去を糾弾する演説を皇居を含むあちこちでやり、日本国内から強い反発を受けた。

    • 2006年に靖国神社に参拝した小泉首相(当時)
      2006年に靖国神社に参拝した小泉首相(当時)

     小泉さんは、(在任最後の2006年を除き)8月15日は避けたが、靖国神社に毎年行った。そのことが、やはり歴史問題を乗り切り損ねた原因だと思う。江沢民政権もそれなりに反省して、中国の国際的孤立を避けるため「歴史を鑑として」と会談の冒頭に一言言うだけで済ませ、日本との関係を正常にしようと改め始めた。小泉さんがA級戦犯が合祀されている靖国に首相として行くことを重ねる中で、歴史問題を相対化する、あるいは可燃性のものになりにくくするというところを乗り損ねたのではないかと思っている。

     小泉さんは「参拝は国に命をささげた人に哀悼の誠を尽くすためである。中国との関係は大事である」と言い続けた。中国は、A級戦犯と日本国民を区別しているのに、対中戦争に責任がある指導者を合祀している場所に首相が参拝するのは、自分たちの体面を失わせるものだ、と考え、首脳会談を避けるようになった。

     中国は、2005年、10年、12年と、三度理由をもうけて反日暴動を行った。中国との関係は、2012年の尖閣問題を契機に、構造的に悪化した。ようやく昨年以降、安倍首相が習近平国家主席と首脳会談を二度行い、普通の関係に戻して民間分野にも好影響が出始めている。

     韓国の場合、慰安婦問題などでひとたび強硬派が騒ぐと、政府、裁判所を含め、国家として抑制する姿勢がとれない。それを安倍首相は非常に無責任だと考えている。日韓関係は今、一番難しいが、いがみ合いを増幅させることは百害あって一利なしだ。

    安倍外交の成功

     米国にとって、日本は古女房みたいなもので全然ドキドキしない、存在感も薄いと思う一方、台頭する中韓などの初々しい魅力に心惹かれるところがあり、日本に対する彼らの悪口をウンウンと聞かないでもなかった。

     だが付き合ってみると、中国は南シナ海を力で支配するなど、昔の帝国みたいで、容認できない。韓国についても、日本だけでなく韓国もしっかりしろと言ったら、駐韓大使が襲撃されたりする。そういうのをみて、米国はかなり厄介な連中だと改めて思うようになった。「日本はよく耐えてやっている。やっぱり日本はパートナーとして安心してやれる」という再評価の機運がこの1年位ある。

     安倍首相が靖国神社を参拝した一昨年12月までは、右のイデオロギーで外交をやるのかと心配の方が大きかった。しかし、昨年はむしろプラグマティック(実利的)な外交を展開したと思う。米国はもちろん、世界50か国を訪ねて各国と前向きの良い関係を作った。これは非常に大事だ。世界で孤立して誰とも話ができない日本なら中韓もたたき放題だが、安倍首相は皆と仲良くしている。そうすると、悪口を言っても、「どこがいけないのか?」と白けた調子になる。日本をもう一度大事に思う機運が、米国をはじめ、国際社会でじわじわと出てきていた。それを安倍さんが上手につかみ、訪米を成功させた。

    大きく変わった安全保障環境

     ――安倍政権が取り組む、集団的自衛権の限定行使を含んだ安全保障法制整備の意義について、どう考えるか。

     ノーマル・ステートであれば、世界中どの国も個別的・集団的自衛権は持っている。日本はいかなる紛争への関与も「憲法上できません」と門前払いで、検討すら断ってきたが、これ(禁制)がはずれた。完全にはずれていないが、いささかはずれたとなると、今度は自分自身の外交戦略とか、外交政策の判断がしっかりしていないといけない。

     日本の活動圏が広がり、その中で日本のできることをやるというのは非常に意味がある。それは、ひるがえって他国のできる範囲で日本が支援してもらえることの土台になる。

     もし日本がノーマル・ステートでないとすれば、現行憲法を70年近く一度も修正していないことだ。憲法は、作る時の環境の下で妥当だと思っても、環境は10年ごとにガラガラと変わるから、半世紀もたてばおかしなところがいっぱい出てくる。当たり前だ。そういうのを何も変えないのは誠にアブノーマル。世界中でこんな国はない。

     戦前も、日本は欽定憲法を「不磨の大典」とし、一度も変えなかった。その憲法を抱いて滅んだようなものだ。中曽根康弘・元首相が言っていたが、「もし大正デモクラシーの時代に明治憲法を改正できていたら、日本は滅ばずにすんだ」と。一理あると思う。あの憲法は、政治が軍部をコントロールすることができない制度だった。そこをしっかり変えていたら、あんな自滅戦争にのめり込まずにすんだ。

     今の憲法9条について、手をつけてはいけないと思い込んでいる人が多い。制定当時は、日本が二度と戦争をしないようにという観点で作られた。しかし、今、そういう問題は全くない。日本には、「どこかの国に攻め込もう」なんていう意思も能力も備えもない。それなのに、何か法制度に手をつけると、「また日本が侵略戦争をする」という敗戦直後の発想で言う。

     今何が問題かというと、冷戦後に北朝鮮が核とミサイルを振りかざして暴れ始め、中国が軍備拡大を存分にやっていることだ。日本の領土である尖閣諸島を奪い取ろうという行動を起こし、南シナ海では実効支配を進める。それにどう対処し抑制するかが問われており、「私は戦争はしません」では答えにならない。中国に自制させることをやらなければ、平和は保てない。

     中国はフィリピン、ベトナムと、抵抗力のないところから支配を広げている。それに比べれば日本の防衛力は高いが、中国と一方的に差が付き、ほとんど抵抗力なしという風にならないよう、自助努力が欠かせない。そして、日米同盟を強固にし、日米は不可分であることを中国にも分からせる。加えて、国際社会に様々な友好国、協力者を持つことで、中国に「日本には不用意に手出しできない」と思わせないといけない。それが今、大きく変動した環境の中でやるべきことだ。

    集団的自衛権の限定的容認は必要

    • 五百旗頭真氏(いおきべ・まこと) 京大法卒。専門は日本政治外交史。神戸大大学院教授などを経て、2006年8月~12年3月に第8代防衛大学校長を務めた。12年4月から熊本県立大理事長。兵庫県出身。71歳。
      五百旗頭真氏(いおきべ・まこと) 京大法卒。専門は日本政治外交史。神戸大大学院教授などを経て、2006年8月~12年3月に第8代防衛大学校長を務めた。12年4月から熊本県立大理事長。兵庫県出身。71歳。

     日米が不可分であり、協力体制がしっかりしていることの一つの表れが、「集団的自衛権を日本も行使できる」ということだ。この地域で米国の艦艇などに何かあった時、見殺しにせず、日本も一緒に守るということが非常に大事だ。自衛隊が見て見ぬ振りをした途端に、米国世論の中で日米同盟は終わる。実際にそういうことは起きないとは思うが、日本はそういう場合に一緒に戦う。そのことが日本の安全を守り、中国に自制を強いる一つの手段になる。私は、集団的自衛権の一部容認は、やるべきことだと思っている。

     「世界中の米国の戦争に巻き込まれる」というのは、どの国も持つジレンマだ。日本は一つ一つしっかり判断する。その際、自らの能力の限界を熟知していないといけない。足手まといになったり、変な所をうろついて犠牲になったりしてはいけない。非常に注意深くやらないといけない。日本にとって不可避の大事な戦争だと考える場合は後方支援もしっかりやり、そうでない時は断る。

     日本は、世界で最も戦争に慎重な国だ。力を行使して現状を変えようという存在が近くに出てきた時に、それを抑制する。抑制を利かせながら、日本はやはり戦争をできるだけ避けようとする。それでいいと思う。

     ――最後に、安倍首相の当面の政権運営について注文を。

     何しろ、1年ずつしか務まらない首相たちでは外交にならない。その時期を超えて、安倍首相は多数の国を訪問して協力関係を広げ、日米関係も深化させた。大きな成果だ。

     米国でのスピーチは、米国との和解を鮮やかに語り、感銘を与えた。その中でも戦争の時代への痛切な反省と、戦後の平和的な生き方を土台にすることをちゃんと踏まえた。8月15日を前に出すとされる戦後70年談話は、アジアの人たちの心をほぐし、隣交が可能になるような心のこもった談話になることを期待したい。

    (読売クオータリー 2015 夏号より)

    2015年08月07日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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