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    計1万8000人を超す死者・行方不明者を出した東日本大震災。発生から5年を迎える被災地で復興に情熱を傾ける人々の姿、再生に向けた足取り、災害の教訓を生かす取り組みをお伝えします。
    現場から

    分断乗り越える共同体を~福島を忘れないで

    日本国際ボランティアセンター震災支援担当 白川徹

    孤独死を防ぐために

    • 南相馬市小高区塚原の住民が、独自で建立した慰霊碑
      南相馬市小高区塚原の住民が、独自で建立した慰霊碑

     コミュニティーの崩壊を象徴する出来事が孤独死だ。14年の南相馬市の発表では、同年4月までに50人が孤独死した。孤独死は東京など都会ではそれほどめずらしいものではないが、震災前には南相馬市で孤独死は一件も起きていなかった。

     ニッセイ基礎研究所のレポートでは、孤独死を「1人で亡くなり、死後4日以上経過して発見された人」と定義したうえで、1年間に約1万5600人が孤独死していると推計している。その多くが都市部での生活者だ。

     孤独死には主に以下の原因が指摘されている。(1)高齢化の進展とひとり暮らしの増加(2)生活の都会化に伴う近隣関係の希薄化(3)核家族化の普遍化(4)社会とのディスコネクト(断絶)――。いずれも行政区が機能し、数世代が同居することが珍しくなかった南相馬市にはなかった因子だが、震災と原発事故による避難と住民感情の分断により因子が急激に南相馬市に現れた。

     このため南相馬市は14年より新聞配達や輸送業者と協定を結び、異常がある場合は警察に通報するシステムを構築した。また、3日間応答がない場合、警察が立ち入って安否を確認する体制も整備した。JVCの支援するサロンも仮設に関わる他の支援者と連携し、仮設全体を漏れなく見ていく体制を作った。

    仮設を出た後の困難~復興住宅に潜む危険

    • 昨年建設された原町区大町東災害公営団地。プライバシーは確保されるが、仮設のように隣とのコミュニケーションは取りづらい
      昨年建設された原町区大町東災害公営団地。プライバシーは確保されるが、仮設のように隣とのコミュニケーションは取りづらい

     だが、孤独死の危険が増すのは、むしろこれからかもしれない。15年度に入り、急速に仮設住宅から外へと転居する人が増えている。災害公営住宅の引き渡しが始まったこと、新しい土地を購入し、自宅を再建した人が増えたことが要因だ。それ自体は、避難者の生活再建ができている、ということで好ましい状況だ。

     しかし、それは行政やJVCなどのNPO、ボランティア団体が手厚く支援し、コミュニティーが維持されていた仮設住宅を出るということも意味している。仮設を引き払い、新たな住居に移れば、避難者としての支援は得られない。それだけでなく、災害公営住宅や新しい土地で、なじんだコミュニティーが存在しない場所での生活を余儀なくされる。

     阪神淡路大震災の場合、仮設住宅ができた後、12年までの仮設での孤独死者数は233人だったが、復興公営住宅での孤独死者数は778人に及んだ。仮設を出た後、支援の手が届かなくなった後のほうが孤独死の発生率が高いのだ。

     また、今年4月には避難指示が解除され、住民が元の家に戻れることになる。南相馬市が行った旧警戒区域の住民アンケートでは、避難指示解除後、帰還すると回答したのは1141人で、震災前の人口のわずか9%にすぎない。しかも60歳以上が全体の約85%を占めている。コミュニティーの失われた旧警戒区域での孤独死も強く懸念される。

    2016年03月09日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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