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    計1万8000人を超す死者・行方不明者を出した東日本大震災。発生から5年を迎える被災地で復興に情熱を傾ける人々の姿、再生に向けた足取り、災害の教訓を生かす取り組みをお伝えします。
    現場から

    分断乗り越える共同体を~福島を忘れないで

    日本国際ボランティアセンター震災支援担当 白川徹

    「心の復興」息長く支えて

     福島県では建物の再建、除染が急速に進んでいる。南相馬市でも8000人もの作業員が昼夜を問わず作業を続けており、一見、復興は順調なように見える。しかしながら、壊れてしまったコミュニティーの復興は前途多難である。

     南相馬市が14年11月に行った市外避難者への帰還に関するアンケートでは「将来的に戻る」と回答したのはわずか39.7%であった。「戻らない」と回答した人の理由では「放射能汚染への不安」が48.3%で最も多かった。子どもを持つ世代が少しでもリスクを避けようとすることは、少しも不思議ではない。

     今後も南相馬市の若い世代の不在の傾向は変わらないだろう。老齢世代だけでどのようにコミュニティーを築き、生き残っていくかが問題になる。都市部の人は「近所付き合いがなくても行きていける」と言うかもしれないが、南相馬の人々の多くは原発事故前、集落をベースにした強固な絆のもとで暮らしていた。そこには相互扶助のシステムやコミュニケーションの場が存在した。それが理不尽に奪われた以上、それを補う支えが必要だ。

     東日本大震災からもうすぐ5年を迎えようとしている。ある人にとっては「もう5年」かもしれないし「まだ5年」かもしれない。いずれにしろ地震・津波・原発事故の複合災害に襲われた南相馬市市民にとっては、決して楽な5年ではなかった。

     仮設住宅のサロンで、70代男性がテレビ番組を見ながらポツリとつぶやいた。

     「また東京ばっかり盛り上がっちゃって。まだ帰れない人がこんなにいるのに」

     テレビでは東京オリンピックのことが取り上げられていた。あの未曽有の大震災から「まだ5年」なのだ。興味を失わず、東北の人々に関心を持ち続けてほしい、というのが被災地支援に携わってきた者としての切なる願いだ。

     市民の心、コミュニティーの再生には長い時間がかかる。それは建物や道路のように成果がすぐ見えるものではない。息の長い支援が必要なのだ。しかしながら、東北被災地への関心は日を増すごとに薄れていっている。福島県南相馬市や宮城県気仙沼市でコミュニティーづくりや生活再建支援を続けるJVCへの寄付金も年を追うごとに少なくなり、震災後すぐに集まった寄付金を食いつぶしながら活動を続けている状態だ。JVCのような国際協力NGOやNPOの被災地での活動は、行政の目の届かないところに目を配り、行政に問題を提言し、住民や行政とともに解決策を講じていくことに意味がある。復興は行政だけでは成しえない。NPOやボランティア団体など、民間との連携があってこそ可能なのだ。


    プロフィル
    白川 徹(しらかわ・とおる)
     1984年東京生まれ。日本国際ボランティアセンター(JVC)震災支援担当。オーストラリア留学を経て、2006年よりフリーランスの記者として紛争地の取材活動を始める。11年より現職。国際ボランティアセンターのウエブサイトは こちら
    2016年03月09日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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