文字サイズ
    計1万8000人を超す死者・行方不明者を出した東日本大震災。発生から5年を迎える被災地で復興に情熱を傾ける人々の姿、再生に向けた足取り、災害の教訓を生かす取り組みをお伝えします。
    現場から

    集落の存続かけた高台移転~気仙沼・浦島地区からの報告

    日本国際ボランティアセンター気仙沼事務所 岩田健一郎

    あまりに高かったハードル

    • 梶ヶ浦の高台移転地(2013年11月)
      梶ヶ浦の高台移転地(2013年11月)
    • 梶ヶ浦の高台移転団地(2016年2月)
      梶ヶ浦の高台移転団地(2016年2月)

     高台移転の取り組みが始まってから約4年がたった今、小々汐と梶ヶ浦ではそれぞれ8軒と13軒の住宅が立ち並び、新たな生活が始まっています。また大浦では、土地の造成がようやく終わり、住宅の建設が徐々に進んでいます。ある住民は「震災前はどこまでいっても行政任せだった」と語ります。高台移転を通じて自分たちのまちを自分たちでつくり上げてきた経験は、住民同士の結びつきをより強くし、今後、集落が存続していく上での大きな力となるはずです。

     一方で、高台移転を諦めた住民のことを忘れることはできません。大浦では様々な理由から集落を離れざるを得なかった住民が「ふるさと会」という自主組織をつくり、大浦の自治会行事に参加するなど、つながりを維持する試みが始まっています。住宅の流失を免れ集落に(とど)まった住民、高台移転によって集落に戻ってきた住民、そして、集落を離れた住民。それぞれの状況に応じて、形を変えながらも、かつてのコミュニティーを再生する住民の地道な努力が続けられています。

    • 被災した家財が残る大浦(2011年10月)
      被災した家財が残る大浦(2011年10月)
    • 大浦に整備された高台移転団地と取り付け道路(2016年2月)
      大浦に整備された高台移転団地と取り付け道路(2016年2月)
    • 大浦の高台移転団地では住宅建設が進んでいる(2016年2月)
      大浦の高台移転団地では住宅建設が進んでいる(2016年2月)

     ただ、これまでの歩みを振り返る時、高台移転は住民にとってあまりにハードルが高かったという印象を拭えません。いくつかの疑問が浮かびます。移転先の選定や地権者交渉、そして住宅の再建に至るまで、この事業が住民の自助努力に頼りすぎているのではないか。もっと造成工事の期間を短縮する方策はなかったのか。各協議会が連携して共通する課題の解決を図ることはできなかったのか。

     今後の大規模災害時にこの経験や教訓を生かすために、高台移転を進めてきた住民、行政、そして支援者がこれまでの足跡を記録し、検証する作業が、今後の宿題として残されています。

    限界集落を促進?

     高台移転を揶揄(やゆ)して「限界集落促進事業」と呼ぶ声を耳にしたことがあります。高台に高齢者を集めて、わざわざ限界集落をつくっているようなものだと。

     浦島地区においても集落や地域の存続に危機意識を持っている住民は少なくありません。現に浦島地区では、人口減少と高齢化の厳しい現状にさらされています。今回の震災によって住民が離散したことにより、地域の拠点として長らく機能してきた浦島小学校が、2012年度をもって閉校するという憂き目に遭いました。この急激な変化が地域の衰退に対する危機感を住民の間に呼び起こし、浦島地区全体の活性化を目指すべく立ち上がった住民組織が、現在手探りの活動を続けています。

     高台移転に関わった住民もまた「家ができた、まちができたということで終わりではない。地元の資源を生かし、その価値を発信する新たな事業を立ち上げ、地域の振興を図っていく必要がある」と語ります。ただ、高台移転には明確な到達点と、事業としてのレールがありました。地域振興には明確な到達点があるわけでも、レールがあるわけでもありません。だからこそ、住民自身が自分たちの地域の望ましいあり方を見定め、そのために何をすべきかを明らかにすることがまずは求められます。

     生活再建の見通しがようやく立ち始めた今、浦島地区では地域の活性化に向けた取り組みへの機運が高まっています。高台移転という事業を通じて、自分たちのまちを自分たちでつくり上げてきた経験の真価が問われるのは、まさにこれからです。

    • 閉校した浦島小学校
      閉校した浦島小学校
    • 大浦の高台から気仙沼湾を望む
      大浦の高台から気仙沼湾を望む


    プロフィル
    岩田 健一郎(いわた・けんいちろう)
     特定非営利活動法人・日本国際ボランティアセンター(JVC)気仙沼事務所現地代表。愛知県出身。大学在学中に1年間休学して日本各地の農場で農作業に従事。卒業後は他NGOで活動しながら、JVCにもボランティアとして関わる。JVCが募集した気仙沼でのボランティア活動(2011年5月)に参加。同年6月より震災支援担当として着任し、約2か月間、気仙沼市社会福祉協議会災害ボランティアセンターの運営支援に携わる。気仙沼事務所開設後は、市内の浦島地区にて支援活動を継続中。2014年11月より現職。現在、「けせんぬま創生戦略会議委員」を務める。国際ボランティアセンターのウェブサイトは こちら
    2016年03月10日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    おすすめ
    PR
    今週のPICK UP
    PR
    今週のPICK UP
    2018年を彩るカレンダーをプレゼント!

    今月の特集「みんなにHappy Christmas!!」

    幾つになっても楽しいクリスマス