「日米野球2002」(11月9日〜17日)の試合開始前に行うセレモニー(国歌斉唱、始球式、パフォーマンス)が決定しましたのでお知らせします。
11月 9日(土)
親善試合「巨人 vs MLBオールスターズ」(東京ドーム、18時試合開始)
17時40分
パフォーマンス=在日米陸軍軍楽隊
米国・カナダ国歌演奏 =在日米陸軍軍楽隊
日本国歌独唱=小林 桂(ジャズ・ヴォーカリスト)
始球式=王 貞治(ダイエー監督)
11月10日(日)
第1戦「MLBオールスターズ vs NPBオールスターズ」(東京ドーム、18時試合開始)
17時40分
パフォーマンス=服部克久オーケストラ
日本国歌独唱=吉田美奈子(歌手)
米国・カナダ国歌独唱 =Yasmeen(ヤズミーン=歌手)
始球式=長嶋 茂雄(巨人軍終身名誉監督)
11月11日(月)
第2戦「NPBオールスターズ vs MLBオールスターズ」(福岡ドーム、18時半試合開始)
18時15分
日本国歌合唱=西南学院グリークラブ
米国・カナダ国歌斉唱 =ゲーリー・ウォーカー&サウンズ オブ グレイトネス(ヴォーカル・グループ)
始球式=稲尾 和久(元西鉄)
11月12日(火)
第3戦「MLBオールスターズ vs NPBオールスターズ」(大阪ドーム、18時半試合開始)
18時15分
日本国歌合唱=武庫川女子大学附属高等学校コーラス部
米国・カナダ国歌斉唱 =ゲーリー・ウォーカー&サウンズ オブ グレイトネス
始球式=吉田 義男(元阪神)
11月14日(木)
第4戦「NPBオールスターズ vs MLBオールスターズ」(札幌ドーム、18時試合開始)
17時45分
米国国歌斉唱=神山 慶子with D.パエニア、ジェラルド
カナダ国歌斉唱=デリック・パエニア、ジェラルド
日本国歌独唱=神山 慶子(歌手)
始球式=桂 信雄(札幌市長)
11月15日(金)
第5戦「MLBオールスターズ vs NPBオールスターズ」(東京ドーム、18時試合開始)
17時57分
始球式=与那嶺 要(元巨人)
11月16日(土)
第6戦「NPBオールスターズ vs MLBオールスターズ」(東京ドーム、18時試合開始)
17時57分
始球式=金田 正一(元巨人)
11月17日(日)
第7戦「MLBオールスターズ vs NPBオールスターズ」(東京ドーム、正午試合開始)
11時57分
始球式=ハワード・H・ベーカー(駐日米国大使)
出演者紹介
<試合前パフォーマンス、国歌斉唱・演奏>
在日米軍軍楽隊
米軍の神奈川県キャンプ座間に駐留し、在籍者は40名。横浜みなと祭、下田黒船祭り、ジャズフェスティバルなどの式典・祭典に参加しているほか、日米の米軍軍内式典も支援している。コンサートバンドやジャズのステージバンドなど10の異なるアンサンブル構成が可能だが、今回は華麗なマーチングバンドを披露する。
小林 桂 (こばやし・けい)
1979年5月9日生まれ。23歳。日本が誇る若きジャズ・ヴォーカリスト。両親、祖父ともにジャズミュージシャンという音楽一家に生まれる。15歳から音楽活動を始めるとすぐに頭角を現し、2000年度には日本ジャズ・ヴォーカル大賞を最年少で獲得。また、今年1月には1年間で最も売れたジャズアルバムとして、日本ゴールドディスク大賞に輝いた。やさしい歌声が多くのファンを魅了している。
<コメント>
「日本を代表して歌う気持ち良さを想ってワクワクしています」
服部克久(はっとり・かつひさ)オーケストラ
この試合のために特別編成されたオーケストラ。指揮は服部克久が、演奏は宮間利之とニューハード、西川八重カルテットのメンバーが務める。日米野球にちなんで、アメリカをイメージさせる楽曲をもとに、服部氏がアレンジした曲を演奏する。
<コメント>
「僕自身も野球が大好きなので、今から楽しみにしています」(服部克久)
吉田 美奈子 (よしだ・みなこ)
1953年4月7日生まれ。16歳の頃、細野晴臣、松本隆らの勧めで、シンガー・ソング・ライターとして活動を開始。20歳でアルバム「扉の冬」を発表以来、ジャンルを超えた自由な音楽活動で高い評価を得ている。また、自ら歌手として活躍するだけでなく、山下達郎、久保田利伸、鈴木雅之、松田聖子、中森明菜、小泉今日子、中島美嘉ら多くの歌手に楽曲を提供するなど、プロデューサー、作詩家、作曲家としても才能を発揮している。
<コメント>
「長いキャリアのなかで、数多くのステージをやってきましたが、今回はライブとは全く違う緊張感があると想像しています。華々しい舞台にふさわしい最高のパフォーマンスをします」
YASMEEN (ヤズミーン)
カリフォルニア州オークランド生まれ。19歳。7歳で家族とともにハワイに移住した。高校時代に州主催のタレント・イベント「ブラウン・バッグス」で優勝したことが契機となり、マジック・ジョンソン主催のコンサートイベント「ミッドサマー・ナイツ・マジック」に出演するとともに、マジック・ジョンソン・ミュージックと契約した。今年9月にデビューアルバムを発売した今後が期待されるシンガーの1人である。
<コメント>
「私は日米野球で歌う栄誉を与えていただいたことに感謝します。それは日米両国のビッグ・スターのために東京ドームで歌うまたとない機会です。エキサイティングな試合を期待しています」
西南学院グリークラブ
1919年に創立。全国合唱コンクールでは、西部大会で優勝16回、全国大会でも3位以内に5度入賞の好成績を収めている。また、近年は国際交流も盛んで、79年のアメリカ演奏旅行を皮切りに、韓国やヨーロッパなどで計7回の演奏を行っている。
<コメント>
「このような大舞台で国歌を歌うことができることを大変うれしく思います」(田嶋 祐樹 幹事)
ゲーリー・ウォーカー & サウンズ オブ グレイトネス
ゲーリー・ウォーカーはアメリカペンシルバニア州出身。ペンシルバニア大学を音楽特待生として卒業後、ヴォーカリストとして活躍。1989年に、ラッパーの大御所 LL COOL Jの日本公演メンバーに選ばれ初来日した際に、美空ひばりの音楽に触れ、ハリウッドと日本を行き来するようになった。99年には、美空ひばりに捧げるアルバム「STORY BOOK」を発表するなど、古き日本の心を持ちあわせたゴスペルシンガーと言える。
<コメント>
「誇りに思います。アメリカではなく、異国の日本という国で、このような機会に恵まれたことを非常に光栄に思います」(ゲーリー・ウォーカー)
武庫川女子大学附属高等学校コーラス部
1940年に創部。94年に指揮者に山口英樹氏を迎えてから活動が本格化した。NHK全国学校音楽コンクール全国大会に6回、全日本合唱コンクール全国大会に10回、それぞれ連続出場中。また、アメリカやオーストラリアでも公演を行うなど、国内外で活動を行っている。モットーは「ライバルは昨日の自分」。
<コメント>
「こんな大舞台に立つことができてとてもうれしいです。一生懸命頑張ります」(森 咲子 部長)
神山 慶子 (かみやま・けいこ) with デリック・パエニア &ジェラルド
神山慶子は札幌市生まれ。大谷短期大学音楽部声楽科卒業。ジャズ、シャンソン、カンツォーネ、ポップスとジャンルを問わない幅広いレパートリーを持つ。1990年にNHK総合テレビ・倉本聰氏「北の国からメッセージ」のテーマ曲「COME BACK FOREST」を歌ったほか、99年には札幌時計台でチェルノブイリ・コンサートを開催するなど、地元北海道を中心に活躍している。
バックを務めるデリック・パエニア、ジェラルドはともにカリフォルニア州ロサンゼルス出身。現在、札幌を拠点に幅広く活動をしている。
<コメント>
「今回、日米野球で君が代を歌う事を光栄に思います。練習にも力が入っていますが、何度も歌ううちに、すごく『愛』を感じる歌だと思いました。頑張ります」(神山 慶子)
<始 球 式>
王 貞治 (おう・さだはる)
1958年に巨人入団。独特の一本足打法で、62年から本塁打王を15度獲得。64年には本塁打55本の日本記録を樹立した。22年間の通算成績は、本塁打868本、2170打点、打率.301。引退後は83年から88年まで巨人の監督を務め、87年にセ・リーグを制覇。94年からは福岡ダイエーを率いて99年、翌2000年とパ・リーグで連覇を達成し、99年には日本一にも輝いた。
長嶋 茂雄 (ながしま・しげお)
1957年に巨人入団。勝負強いバッティングと華麗な守備でファンを魅了し、「ミスター・ジャイアンツ」、「燃える男」のニックネームで親しまれた。17年間の通算成績は、444本塁打、1522打点、打率.305。首位打者6回、打点王5回、本塁打王2回。現役引退後は、75年から80年まで巨人の監督を務め、2度のリーグ制覇を果たした。93年から2001年まで再び巨人監督として指揮を執り、日本一に2度輝いた。今年4月には、日本代表編成委員会強化本部長に就任、アテネ五輪での金メダル獲得を目指す。
稲尾 和久 (いなお・かずひさ)
1956年に西鉄入団。剛速球とスライダーを武器に活躍し、「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれ、西鉄黄金時代を築いた。57年には76日間で31試合に登板、先発で15勝、救援で16勝し、「20連勝」を達成した。また、61年には42勝を挙げ、スタルヒンの1シーズン最多勝利記録に並んだ。新人王、MVP2回、最多勝4回。14年間の通算成績は、276勝137敗、2574奪三振、防御率1.98。69年の引退後は西鉄、太平洋、ロッテの監督を務めた。
吉田 義男 (よしだ・よしお)
1953年に阪神入団。ショートでの華麗な守備から“牛若丸”の愛称で親しまれた。盗塁王2回、ベストナイン9回。17年間の通算成績は、66本塁打、434打点、打率.267。現役引退後、85年に7年ぶりとなる阪神の監督に復帰すると、21年ぶりのリーグ優勝と初の日本一を達成した。その後、90年からはフランス・ナショナルチームの監督を6年間務めた。
桂 信雄 (かつら・のぶお)
1930年札幌市生まれ。北海道大学法経学部を卒業後、札幌市役所に入庁。北区長、企画調整局長、 教育長、助役を歴任し、91年4月札幌市長に初当選した。99年3選を果たした。
与那嶺 要 (よなみね・かなめ)
ハワイ州マウイ島出身。本名は与那嶺・ウォーリー・要。NFLから野球に転じ、マイナーリーグを経て、1951年に巨人入団。ミートのうまいバッティングと激しいスライディングで日本プロ野球界に新風を吹き込んだ。首位打者に3度輝き、57年にはMVPにも選ばれた。12年間の通算成績は82本塁打、480打点、打率.311。引退してからは数球団でコーチを歴任した後、72年に中日監督に就任し、74年には巨人のV10を阻んでリーグ優勝を遂げた。
金田 正一 (かねだ・まさいち)
1950年に国鉄入団、65年に巨人に移籍。入団2年目に22勝を挙げて以後、14年連続で20勝以上を記録した。通算成績は20年間で400勝298敗、奪三振4490、防御率2.34。また、打撃もよく、通算36本塁打は投手最高。引退後は73年から78年までロッテ監督を務め、74年には日本一に導いた。
ハワード・H・ベーカー
1925年、テネシー州ハンツビル生まれ。サウス大学とチュレーン大学で学んだ後、テネシー大学で法学士号を取得。67年から85年まで連邦上院議員、また87年から88年までレーガン大統領の首席補佐官を務めた。