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コンピューター事始め
今回は初めて「戦後」の話題を中心に進めてみよう。20世紀後半、世界に最も影響を与えたもの――コンピューターである。ああ、オタク心がうずく。
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| 読売新聞1943年9月10日付夕刊 |
そういえば昔は「コンピューター」といわずに「電子計算機」とか「人工頭脳」と呼んでいたのだと気づいたが、とりあえず「コンピューター」をキーワードに検索を試みた。すると最も古い記事は、予想に反して戦後ではなく、戦時中の1943年9月10日。「科学の“計算機”完成 研究四ケ年・学徒の苦心に凱歌」の見出しで伝えられている。航空機の設計のために計算機の必要を感じて開発に取り組んだという苦労話で、「ふと気づくと夜が白んでいるなど毎日のことだ、一つの問題を解決するたびに二人は(共同研究者がいたんですね)男泣きに泣いた」と、ほとんど浪花節というかプロジェクトXの世界である(ちょっと田口トモロヲさん的に読み上げてみて下さい)。この30年ほど後、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックがどこか楽しげに「Apple」シリーズを作り上げていったのとはえらく違う。
それにしても、この計算機はどういうものだったのだろう。どうやらこの記事の段階では、コンピューター「らしきもの」の理論が完成したという程度のようで、「機械製作に対する研究費が近く中山君(研究者ですね)たちにもたらされる運びとまでなつた」と締めくくられている。
ところが、だ。新聞記者は昔から「理系」の話題に弱い。この記事でも、どういう原理で計算をするのか、機械そのもののシステムがどうなるのかなど、肝心なことが完璧に抜け落ちている。もちろん、今の新聞で「アルゴリズムや自然言語解析などを利用した計算型ナレッジエンジン」(話題の「Wolfram|Alpha」ですね)」「セキュアなネットワーク内で、企業のプライベートクラウドを展開」などの専門用語がさらっと飛び交っても困るのと同じように、書き方は難しかったのだろうが、それにしてももう少し何とかならなかったのか。
結局、この計算機は日の目を見ることはなかったようで、追跡記事はない。グーグルで検索もしてみたが、記事に取り上げられている「中山君」こと中山道治氏に関するそれらしいファイルはヒットしなかった。インターネットの世界も大したことはない。
さて、戦後しばらく経っても、コンピューターというのは得体が知れない存在だったようだ。50年3月7日付け朝刊の「編集手帳」から。「電気計算機は『考える』ことができる。長期天気予報をしたり、将棋をしたり、ピアノを演奏したりする実験もちかく行われるという」。ちょっと待った。「考える」とは何か。様々なデータを解析した上で、自発的に判断することではないか。長期天気予報も将棋もピアノの演奏も、プログラミングによる「命令」で動いて結果を出力するだけである。おそらくこの頃は、入ってくる情報も曖昧で、コンピューターは何かとんでもないもの、人間の脳に取って代わるほどのものすごいものというイメージがあったのかもしれない。コンピューターなんて、ただの箱なんですがねえ。「人間のように神経衰弱になることもあるよし」という表現もあるが、それは単にシステムが不安定になっているだけではないのか。あるいは真空管の過熱とか。叩けば直るでしょう、そんなもの。
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| 読売新聞1959年12月20日付朝刊。既に国産コンピューターの広告が登場している |
異説もあるが、世界最初のコンピューターと言われるのが、アメリカで開発されたENIAC(46年)。日本ではこれに遅れること約10年、富士通の真空管使用コンピューター、通産省のトランジスター使用コンピューターが相次いで完成した。特にトランジスターを利用したものは、海外のコンピューターに比べて小型化を実現しており、この頃から「小型化」は日本が得意とする技術だったことが分かる。ちなみに現代につながるコンピューターは、64年のIBM System/360が嚆矢とされ、OSの搭載、ソフトウエアの入れ替えで多彩な業務に対応するなどの機能を備えていた。
日本のコンピューター技術は、最初こそアメリカには後れを取っていたものの、メーンフレーム、オフコンの分野で追いつき追い越せの猛展開を見せる。70年代には今や当たり前になった日本語処理技術が開発され、「日本で使うのに適したシステムの構築」に成功。現在、10兆円を超える巨大産業に成長したIT業界の礎は、この時代に見出されるといっていいだろう。ちなみに古い広告には「計算組織」という言い方も出てくるが、「組織」を「システム」と考えれば、極めて正しくコンピューターの実態を定義していたと言える。
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| 読売新聞1984年8月8日付夕刊。アップルの広告のインパクトの強さは昔からですね |
一般の人にとってコンピューターの存在を身近なものにしたのは、70年代からアメリカで開発が進められた個人向けの「パソコン」だ。ハード・ソフト一体となったアップル製の「マッキントッシュ」、マイクロソフトのOSなど、現在パソコン界の軸になっている製品や会社の源流は、この頃まで遡ることができる。日本メーカーも競ってパソコンの開発を進め、80年代にはビジネス・趣味に欠かせないツールとなった。
そして95年、新世代OS「ウィンドウズ95」の発売で、それまでパソコンにまったく縁もなかった人までが飛びつくブームとなった。「パソコン量販店『ソフマップ』の前には、発売開始前に約六百人の行列。午前零時を前に『三、二、一、ゼロ』とカウントダウンが始まり、日付が変わると同時に花火とファンファーレが鳴り響いて、ソフトを覆っていた白い布が取り払われた」(95年11月23日付朝刊2社面)。ああ、あの頃のアキバは熱かった……。
もっともそれ以来、社会面で取り上げられるほどのパソコン「ブーム」は起きていない。マイクロソフトの最新OS「ウィンドウズビスタ」の話題は乏しく(悪評はよく目につきますね)、超小型パソコン「ネットブック」の人気が盛り上がっているとはいえ、わくわくするような「機能」ではなく「価格」に目が向いてしまっているのは寂しい限りである。技術屋の皆さん、もうちょっと頑張って文系の我々にも夢を与えて下さい。
| [ヨミダス歴史館Tips] |
検索語の秘密
同じものでも、時代によって呼び方が違うことがある。例えば今回のコンピューターは、最初に紹介した通り、日本に入ってきた頃は「電子計算機」であり「人工頭脳」であった。「コンピューター」をうまく日本語に訳したものだと思うが、同じものを指していても言葉が違うと、とかく混乱を招きがちだ。
歴史館では、コンピューター絡みの記事なら「コンピューター」「電子計算機」のように複数のキーワードを設定している。野球の話題なら「巨人」「ジャイアンツ」とどちらでも引っかかる。時代の流れもあり、新聞記事自体の表記の変化も避け得ないが、歴史館は曖昧なキーワードにもしっかり対応する。逆に言えば、あるキーワードで目的の記事がひっかからなかった場合、類似語をキーワードにして再検索を試みるのも一つの手だ。この辺りは一種の頭の体操、ということで。
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