■街角で外国人に英語で話しかけられようと、職場に英語で電話がかかってこようと、もう動転することはない。インターネットに開設した自分のホームページには、英語バージョンのサイトもあって、世界に「情報発信」するのは当たり前。もちろん、政治家や官僚は、英語を自由自在に使いこなす。通訳なしで丁々発止を繰り広げ、国益のため堂々の論陣を張る……。そんな時代が、今世紀半ばぐらいには到来するかもしれない。「英語第2公用語論」。ここ1、2年、話題となった、この構想がもくろみ通り行けば、英語下手で名高い日本人が劇的に変わる可能性がある、というのだ。
■英語できなきゃ国際人失格?
議論が本格化したのは、2000年1月、当時の小渕恵三首相の私的諮問機関「21世紀日本の構想」懇談会が出した報告書がきっかけ。いささかもって回った表現ながら、ここには次のような提言が盛り込まれていた。
「社会人になるまでに日本人全員が実用英語を使いこなせるようにするといった具体的な到達目標を設定する必要がある」「長期的には英語を第2公用語とすることも視野に入ってくる」
「第2公用語化」にいたる具体的な道のりは示されていないが、懇談会メンバーだった国際ジャーナリスト、船橋洋一氏は、著書「あえて英語公用語論」で議論を発展させている。その主張は以下のようにまとめられる。
現代の世界では英語が事実上の国際語。国際政治やビジネスなどの現場では「対話能力」がますます求められている。NGOなどのネットワークが広がるにつれ、普通の人々にとっても世界とのコミュニケーションは重要になる。英語の第2公用語化断行で多くの日本人をバイリンガルにする必要がある――。
同書では、(1)日本語を公用語、英語を第2公用語とする「公用語法」を10年度に施行。その20年後には人口の30%をバイリンガルとする(2)中央官庁の公文書、国会の議事録などは日本語と英語の両方で作成する(3)公立の小中高校に国語以外の科目を英語で教える「イマージョン教育」を導入――といった提言もなされている。
しかし、異論もある。慶応大学名誉教授の鈴木孝夫氏(言語学)は、「世界に対して日本人が自分の意見をハッキリ〈発信〉する必要があるのは事実」としながらも、「日本は、幼稚園から大学まで自国語で教育を受けることができる世界でもまれな国。国民全体に英語が必要だというのは幻想」と語る。「情報発信にしても本来なら日本語を世界に広めていくのが筋で、英語を使うのは次善の策。ならば政治家や官僚など、外国との接点になるエリートが英語力を鍛える〈選抜特訓主義〉でいけばいい」
■成績はビリから2位
反対論の背景には、だれもが実用的な英語をマスターするには相当な時間とコストがかかる、という認識がある。世界共通の英語能力テスト、TOEFLの国別成績が参考になる。300点満点の試験の平均を比較すると、日本は188点で、統計の出ているアジア23か国のうちビリから2番目(1999年7月〜2000年6月の結果。開発団体ETSの資料より)。日本の場合は「腕試し」の受験者が多い事情を差し引いても、いささか頼りない。
東京外国語大名誉教授の千野栄一氏(言語学)によると、米国務省外務研修所には、英語を母語とする人にとっての外国語の難易度をまとめたリストがある。この資料からは、英語との言語学的な系統が近いほど難易度が下がる傾向があり、日本語は中国語、韓国語(朝鮮語)、アラビア語とともに4段階評価で「最も難しい」部類に入る(著書「ことばの樹海」より)。他のヨーロッパ圏の言語に比べれば易しいといわれる英語だが、日本語との「言語的な隔たり」は相当に大きいらしい。日本人の英語下手はある程度宿命づけられているような気もするが……。
■日本語が駆逐される懸念も
様々な壁をクリアし、日本語と英語が国内で並び立つ状況が訪れたとする。その時、何が起こるのか。英語の勢力が世界を席巻している以上、「英語が『第2』公用語であっても、日本語の上に立つのは火を見るよりも明らか」というのが、東京外国語大教授の井上史雄氏(社会言語学)の主張だ(著書「日本語は生き残れるか」より)。前出の鈴木氏も「例えば、出版社は世界中に売り出せる英語の本ばかり出すようになる。日本語の良書は出なくなるだろう」と、日本文化の空洞化を懸念する。
逆に、知的な錬磨のために英語学習は意味がある、という意見もある。「外国語一般に言えることだが」と前置きし、大阪大教授の鷲田清一氏(哲学)は語る。「英語は日本語と違って、相手がだれであっても〈YOU〉と呼びかける。外国語を体で覚えると、自分が当たり前と思っている風景がちっとも当たり前でないことがわかる。もう1つの世界の見方を教えてくれるわけです」
■「熟達せねば…」焦る日本人
振り返れば、日本が海外の文化に圧倒されそうな状況がくるたびに「外国語公用語論」は浮上した。明治時代に森有礼が主張した「英語採用論」、戦後間もなく志賀直哉が唱えた「フランス語国語論」――。この種の議論がグローバリズムに洗われる今の日本で再燃したのは偶然ではないだろう。
日本人の〈使えない英語〉を何とかしたい、という認識は多くの論者に共通する。00年4月に読売新聞社が行った世論調査では、「社会人になるまでに全員が実用英語を使いこなせるようにすることが必要だ」という意見に対し、52.4%が「その通りだと思う」と回答した。国民の焦燥感は高まりつつある。少なくとも、いわゆるエリートなら英語をこなせるのは当然、という日が近未来に来るのは間違いないようだ。
(時田 英之)
メモ