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拒食症克服し夢舞台へ、明子「滑る喜び」表現

公式練習で最終調整する鈴木選手(22日)=増田教三撮影
鈴木選手(左)を指導する長久保コーチ(22日)=増田教三撮影

 【バンクーバー=吉永亜希子】五輪女子フィギュアスケート代表の鈴木明子選手(24)は、大学時代に摂食障害で体重が30キロ台にまで落ち、選手生命さえも危ぶまれた。

 どん底からはい上がる時、鈴木選手が持ち帰ったものは「喜び」だったという。23日(日本時間24日)のショートプログラムで、夢の大舞台に立つ。

 6歳でスケートを始めた鈴木選手は、小学校高学年で全国に知られるようになり、高校時代には全日本の強化選手に選ばれた。2003年に愛知県豊橋市の実家を離れ、仙台市の東北福祉大に進学。トリノ五輪金メダルの荒川静香さんらを育てた長久保裕コーチ(63)の指導を受けた。

 しかし、独り暮らしを始めてまもなく体調を崩してしまう。拒食症で食べ物がのどを通らなくなり、体重がみるみる落ちた。コーチらの前では普通に食事できても、一人になると食べたものを戻してしまう。身長1メートル61、47キロだった体重は入学から2か月でわずか32キロになった。

 「できないくせに、完全主義者だったから……」と鈴木選手は今、その頃を振り返る。名コーチについたのだから、うまくならなければならない。そうした強迫観念が食事を受け付けない体に変えた。アスリートにとって「体重管理」は宿命。「自分で管理しなければと、プレッシャーをかけ過ぎたんですね」

 復調の兆しもなく、03年6月に実家に戻った。「体調はどうだ」「調子はいいか」としばしば電話をくれ、健康を気遣ってくれる長久保コーチ。スケートのことをあえて話さない気遣いがありがたかった。家族との暮らしで気持ちを和らげ、体重が40キロ台に戻り、リンクに再び立ったのはその年の秋のことだった。

 だが、筋力が落ちた体は思うように動かない。満足のいくジャンプやステップができず、調子が上がらない。「もう大丈夫かな」と思えるようになったのは、異変を感じて3年が過ぎた大学4年の頃だった。当初目標にしていたトリノ五輪(06年2月)は、寂しい思いを抱えてテレビで見た。

 長久保コーチから見ると、鈴木選手はブランクを乗り越えた後、演技が見事に変わった。「滑る喜びを体全体で表現できるようになった」。コーチが気づいた新たな個性は、彼女を世界の舞台に押し上げていく。卒業間際の07年1月に出場したユニバーシアード冬季大会で、国際大会初優勝。08年11月にはNHK杯で2位。今季は中国杯で優勝したほか、全日本選手権でも2位に輝き、夢の五輪代表を手にした。

 「彼女の滑りが僕の活力源。元気をくれるんです」と語る長久保コーチは09年2月、胃がんの手術を受けた。今はすっかり元気になって、バンクーバーにも同行している。「私が心配をかけすぎたから……。五輪では先生のガッツポーズがみたい」。大観衆の中、めいっぱいステキな演技をして、コーチに駆け寄るつもりだ。

 ◆摂食障害=体重の増加や体形の変化などへの強い恐れから、食事が取れなくなる「拒食症」のほか、逆に必要以上に食べてしまう「過食症」がある。身体に病気が見つからない人が発症するケースが多いことから、心理的な要因が引き起こすとされる。

2010年2月24日05時40分  読売新聞)
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