第61回
痴漢冤罪 裁判の実相ありありと

2009(平成21)年4月15日付朝刊
3年前の4月、小田急線車内で女子高生に痴漢行為をしたとして、強制わいせつ罪に問われた60代の大学教授(休職を余儀なくされた)に対し、最高裁が無罪を言い渡した[1]。この教授は捜査段階から否認し続けたが、1、2審は女子高生の供述を唯一の証拠として懲役1年10月の実刑。最高裁の判決は原告の供述について「信用性に疑問の余地がある」としているが、5人の裁判官のうち2人は「具体的で迫真的」な供述と、正反対の評価だ。逆転無罪という結果に、吉村博人・警察庁長官は「捜査のあり方について検討する必要がある」と述べた。一方、同じ最高裁で1週間後に開かれた和歌山市の毒物入りカレー事件の上告審判決は、被告の上告を棄却、状況証拠だけを積み上げて死刑を確定させた[2]。無罪を訴える被告たちの供述を、乏しい証拠からどう判断するか──「罪」の重さはさまざまだが、確実な客観的証拠に基づいた対処がなされているのかどうかを徹底的に追究しない限り、正当な「罰」を導くことはできないだろう。
◇ ◇
■鉄道と痴漢
1918(大正7)年11月の読売新聞に女学生の投書が載っている。祝日、満員電車に腰掛けていたところ、トンビの外套を引っかけた立派なひげの紳士に「それは失礼なこと」をされたというのだ[3]。悔しい思いをつづったあと、彼女は「非常な人出のある場合には(…)特別に婦人専用の電車を出して」ほしいと希望している。車内の不埒な輩は100年近く前から同じ悪癖に染まっていたことが分かる。1925(大正14)年に東京の府立第三高女の女学生300人が無記名の調査に答えた「色魔の誘惑ぶり」によれば、電車内の狼藉が9割を占めたそうだ[4]。今では珍しく思える手口の一つとして、「着物の裾を切る」がある。刃物を用いる行為は、いわゆる痴漢とはやや異なるが、1950〜60年代の社会面には、「中学生が総武線車内でカミソリを用い、女性のモモを切った」とか、「短大生が新宿駅ホームで、腰をカミソリで切られた」などの物騒な犯行が散見される。動機は「女の驚く顔が見たい」といったものだ[5]。
女性専用車が初めて導入されたのは、先の投書より6年前の明治末年、中央線においてだった[6]。これはすぐに姿を消すが、戦後の1947(昭和22)年から1973(昭和48)年までは、中央線に「婦人子供専用車」があったらしい。もっともこれは痴漢除けというより混雑除けが目的。むろん痴漢被害が減ったわけではなく、94年の読売「気流」欄には、「高校生の娘が毎日びくびくしながら通学している。ラッシュ時だけでも女性専用車を走らせてほしい」とJRに訴える埼玉・大宮市の主婦の声が載っている[7]。痴漢封じを主たる目的とした女性専用車両の本格的なスタートは、2001(平成13)年3月の京王電鉄、同7月のJR埼京線から[8]。
■逃げる男たち…線路に川に
性衝動に導かれる犯罪であるだけに、痴漢事件に登場する男たちはあらゆる職業を網羅している。テレビ局の報道制作局長、新聞社の元部長、通産省の課長補佐、はては特捜部出身の現職検事までいた。異性に手を出すのが普通だが、中には男が男にけしからぬちょっかいを出して捕まることもある。2003年12月には中央線で17歳の少年にわいせつな行為をした警察庁技官が、痴漢の現行犯で逮捕されている[9]。野太い声で「僕に痴漢しただろう?」と詰め寄られるわけだ。律儀というか厚かましいというか、常磐線車中で女子高校生の体に触っては、相手のポケットに“口止め料”の1000円札を押し込んでいた千葉県の会社員もいた[10]。行為がばれて、あるいは疑われて、三十六計、逃げるにしかずとホームから線路に降りて逃走する男たちも後を絶たない。当然、列車の運行がマヒする。両国駅(4万人)、上野駅(6万2000人)、赤羽駅(8万人)、兵庫・加古川駅(7500人)…(カッコ内は影響を受けた人数)。ひかり号の乗務員室の窓から飛び降りたり、御茶ノ水で線路からさらに神田川に飛び込んだりして、死亡した者もいた[11]。
■「腕をつかみ」始めた女性たち
1995年に大阪市内の女子中・高校で行われた痴漢被害調査では、76%の女子生徒が被害に遭いながら、警察に届けたのは2%だった。ほとんどが泣き寝入りだったわけだ[12]。それが今ではどうだろう。2000年頃を境に女性たちの意識は明らかに変化してきたようだ。新聞記事によると、摘発の端緒はほとんどが「女性(女子学生)が腕をつかんで」となっている。被害者自身による私人逮捕だ。その腕が必ず真犯人のものであれば問題ないのだが、何らかの錯誤で背後の腕をつかんでいる場合でも、これを覆すのは容易ではない。検挙される件数が増加している分、冤罪(えんざい)の危険性も増大する。その結果、過去10年間だけでも、痴漢事件で30件以上の無罪判決が出ている[13]。 大阪市営地下鉄内で若い男女の2人組が共謀し、示談金目的で痴漢被害をでっち上げるという寒々しい犯行もあった[14]。さらに、周囲の人間が必要以上に積極的な場合は、その意図が疑われることもある。98年6月に埼京線新宿駅で降りた62歳の男性は、車内で隣に立っていた若者にいきなり腕をつかまれて駅事務室に連れて行かれ、現行犯逮捕された。到着寸前に「やめて」と叫んでいた女性に、若者が「捕まえてやろうか」と声をかけ、女性は「お願いします」と答えた。男性は両手にバッグ、左手には傘も持っており、否定し続けたが、高裁まで争うことになる(無罪確定)[15]。この若者は何度も痴漢を目撃し、検挙に協力してきたと証言したが、結局、女性の供述とも食い違っていた。真犯人は見失われてしまったが、こうしたケースで、自らの行為を隠ぺいするために別人の逮捕に協力する犯人が出てきても不思議ではない。
■パロディー、振り込め詐欺も登場
カバンから自分専用のつり革を取り出して引っ掛け、両手でしっかり握りしめたまま通勤──そんな用途をうたった「痴漢冤罪防止グッズ」が通販雑誌で紹介されたことがある[16]。販売元は「もちろんパロディー」と言うが、笑うに笑えない切実さもある。「一歩間違えれば、車内で逮捕」という妙な緊張感が、今は完全に浸透した感がある。そんな風潮を利用して、新手の犯罪がお目見えする。2005(平成17)年には「息子さんが痴漢をした」という電話をかけ、示談金名目の金を詐取する振り込め詐欺が埼玉・所沢と北海道・岩見沢で起きた。後者は鉄道警察隊員や息子役の泣き男、弁護士や被害者の夫役まで繰り出す手の込んだ手口[17]。それぞれ150万円の被害があった。
■周防監督のバックボーン
映画監督の周防正行氏が撮った話題作『それでもボクはやってない』は、実際の裁判を克明にトレースした上で再構成してある。根底に流れる考えは、元裁判官、木谷明氏の著書『刑事裁判の心』によるものだという。そこには「刑事裁判の最大の使命は、無実の人を罰してはならないということです」と書かれていた。公開直後に周防監督の希望で行われた対談の席上、主人公に下された懲役3月という有罪判決について、木谷氏は「刑事裁判の名に値しないだろうとさえ思います」(笑)──と述べている(作品の否定ではなく、和やかにであるが)。話は簡単で、「被害者が嘘を言っているはずがない」から「被告人の供述は嘘だ」という短絡的な結論を導いているからという。木谷氏は言う。「被害者が意識的に嘘を言ってはいなくても、人間である以上、認識(知覚、記憶)が間違っていることはあるわけで、それは避けられないんです。裁判ではこういう『誤り』が入り込む余地がないのかどうかについて、ひとつひとつ検討していくべきなんです。それこそが、刑事裁判だと思うんですけど」。映画の裁判官は「証拠に全然顕れてない事実を前提にした判断」を行い、「心証の取り方自体が間違っている」ので、自分が控訴審を担当するなら、間違いなく破棄無罪なのだと。周防監督はこれを受けて、「裁判官が初めて普通の人にわかる『言葉』で裁判を語り始めたときに、何か変化が起きるんじゃないか」との期待があると話す。裏を返せば、これから裁判員に何より大切なのは、納得が行くまで裁判官に問いただす姿勢ということになる。
■「すみません」で無実の罪に
「長崎事件」と呼ばれる、97年10月に起きた痴漢冤罪事件がある。車内で前に立っていた女性に突然、大声で怒鳴られた男性がカバンでも当たったのかと思い、「すみません」と謝罪した。女性はネクタイをつかんで駅に降ろし、駅員室へ向かったが、その途中、男性は「すみません」と女性を呼び止めようとした。ところが、検察官はこの2回の「すみません」は痴漢行為への謝罪だと主張、こうした些細な事実の曲解とも言うべき解釈により、1、2審とも有罪判決が出た。しかし、男性側にも、不用意な言葉が重大な被害をもたらすことへの想像力がもう少しあれば、自己防衛が可能だったかもしれない。不利な状況下で、いかに身を守るか。元通信社記者の粟野仁雄氏が近著「『この人、痴漢!』と言われたら」で紹介しているのは次のような方法だ。〈1〉まず、そのままホームで話し合い、絶対に駅事務室には行かない(私人逮捕を避けるため)。〈2〉相手の女性に名刺を渡すか、連絡先をはっきりと告げる。〈3〉強引に駅事務室に連れて行こうとされたら、相手の女性に「間違いの場合、虚偽告訴罪で訴えますよ」と告げる。〈4〉警察での取り調べには、寡黙に確かなこと、時系列の整理されたことだけを話す。──耳を傾けるべき助言だろう。
■裁判官も誤る
裁判官もまた、膨大なノルマにあえぎつつ、勤務評定を気にしている一個の市民だ。この市民は、大学を出て何年もたたないうちに法服を身にまとい、法廷と自宅の往復、考えただけでノイローゼになりそうな膨大な調書読みと判決書きに、全精力を傾けざるを得ないでいる。具体的な社会生活の実相にまみれる機会が乏しいのも事実だろうし、時には、提示される検察側の立証に寄りかかり過ぎた判断を下してしまうこともありうるだろう。二十数年の間、裁判官を務めたあと弁護士に転身した秋山賢三氏は、民事の例としてだが、次のような数字を上げている。「大都市の裁判官は、民事事件を常時一人あたり平均250〜300件くらいは担当している。(…)土曜日や日曜日にも、(…)『25件ずつの記録読みと手控えの確認作業』が不可欠になる」と(『裁判官はなぜ誤るのか』岩波新書)。忙し過ぎると物理的に省力化の誘惑に駆られることもあるだろう。刑事事件においてもまた、現場を見ることの少ない裁判官が主に検事の調書を頼りに頭の中で組み立てた事件について、有責者を断罪することは同じだ。その過程で、弁護側の証拠申請をなおざりにしたり、非論理的かつ非実証的な推論で判断が下される裁判があることも、さまざまに指摘されている。粟野仁雄氏は、高知県の国道でスクールバスに白バイが衝突した事故について、裁判官の明らかな「論理矛盾」を糾弾している。裁判官は、学校側の証言は身内だから信用できないとしながら、警察側の証言は身内でも信用できる、さらに第三者の証言については「第三者であるからといって信用できるわけではない」と融通無礙の証拠採用をしたという(「『この人、痴漢!』と言われたら」)。恣意的と言われても仕方のない論法だ。スクールバスの運転手には最高裁から上告棄却が告げられ、禁固1年4月の実刑が確定した。粟野氏はまた、論理のみならず表現も“難解”を極める判決(文)をも例示して、司法の意図するところに疑問符をつけている。「目撃していないという可能性がないとは必ずしも言えないわけではない」(前掲書)──もはや日本語ではない、と。
■裁判員制度で冤罪は増える? 減る?
専門家である裁判官も、このように数多くの誤謬に基づいた判断を下す可能性がある。では、だからといって新たに導入される「裁判員」が至上のシステムだと即断していいのだろうか。〈1〉法廷に出てくる証拠がふるい分けられる「公判前整理手続き」で、従来は法廷で行われた証人の選択など重要な手続きが見えなくなる〈2〉裁判員の参加は1審だけで、控訴審の担当は裁判官だけ。ここで追加証拠が出される場合は1審の意味がなくなる──といった点で、大きな危惧が残ると粟野氏は述べている。素人にも分かりやすい論点だけを残した簡単明瞭な公判から、抜け落ちるものがあるのではないかというのである。するとまた、次のような裁判員(陪審制度)推進派からの反論が聞こえてくる。「では、職業裁判官は何をしてきたのか。死刑判決が再審で無罪になった例も四つある…裁判官には誤りがないかのように言うのは、むちゃくちゃだ」──これは2000年9月に開かれた司法制度改革審議会席上での、元日弁連会長の中坊公平委員の発言。元広島高裁長官の藤田耕三委員の「陪審制を導入した場合、冤罪と誤判が増えるという学者の論文がある」という発言に対する反論だった[18]。この頃、最高裁は一般国民が職業裁判官とともに審理する「参審制」の導入を提唱し始めていた。以来、9年が経過したが、はたして論点はより明確になり、対策が講じられたと言えるのだろうか。
12人の陪審員が中心になる陪審制で難事件を裁いているアメリカ。冤罪もないわけではない。しかし、米弁護士連合会が99年に実施した世論調査では8割の人が「問題はあるものの米国の司法制度は世界一」と考えているという[19]。陪審の無罪評決を判事が覆すことはできない。無実と考えにくい被告を無罪放免しなければならない場合の思いを問われたベテラン判事は、こう答えている。「この被告は必ずまた悪事をはたらくだろう。その時はきっと正しく裁かれるはずだ」
◇ ◇
この5月からいよいよ裁判員の参加した法廷運営が始まる。陪審制(陪審員が有罪・無罪を判断、裁判官が刑を量定)と参審制(参審員、裁判官に役割分担なし)の利点をミックスしたのが裁判員制度だ。年間約3000件の裁判に裁判員が関与し、うち死刑が求刑される事件は20件前後と推定されている[20]。専門裁判官と市民裁判員のいずれが有能であるかとか、いずれが誤審の可能性が低いかなどの議論は、水かけ論になりやすい。いずれにも得失はある。つきつめて言うなら、肩書よりは実質的な判断能力のほうが大事なことだけは間違いない。
イギリスでは1984年から取り調べ過程を録音し、透明化の実を上げているという[21]。わが国では自民、公明両党が捜査への悪影響を理由に反対しているため、容疑者取り調べの全過程を録音、録画(可視化)する道がなかなか開けない[22]。しかし捜査や取り調べで得られた情報を完全に白日の下にさらし、万人が検証できるという前提がない限り、日本の司法は国民の信を得ることはないはずである。その上で、法廷ではとにかく分かりやすい言葉で説明し、無理のない判断をすればよい。ただ、最後まで気にかかるのは「審理の迅速化」。市民の司法参加のために、公判期日のむやみな短縮や“迅速化”が至上課題になってしまっては、本末転倒だ。拙速が取り返しのつかない誤判を招かないよう、しっかりと目を光らせていく必要がある。(尾崎令)
(「オンコチ」は今回で終了します。ご愛読ありがとうございました)
◇参照した記事◇
[1]2009(平成21)年4月15日付朝刊
[2]2009(平成21)年4月22日付朝刊
[3]1918(大正7)年11月23日付朝刊
[4]1925(大正14)年11月9日付朝刊
[5]1956(昭和31)年12月26日付夕刊
[6]2007(平成19)年12月15日付大阪朝刊
[7]1994(平成6)年9月29日付朝刊
[8]2001(平成13)年7月3日付朝刊
[9]2003(平成15)年12月4日付夕刊
[10]1988(昭和63)年4月28日付夕刊
[11]2001(平成13)年10月27日付朝刊
[12]1995(平成7)年5月10日付朝刊
[13]2009(平成21)年4月15日付朝刊
[14]2008(平成20)年3月12日付朝刊
[15]2001(平成13)年2月5日付夕刊
[16]2008(平成20)年3月24日付西部夕刊
[17]2005(平成17)年7月28日付北海道夕刊
[18]2000(平成12)年11月15日付朝刊
[19]2004(平成16)年7月8日付朝刊
[20]2009(平成21)年1月6日付朝刊
[21]1995(平成7)年8月28日付朝刊
[22]2009(平成21)年4月25日付朝刊
(2009年4月30日 読売新聞)