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    第8回シンポ~科学が見いだす日本の進路

     京都大の22の附置研究所・センターによる第8回シンポジウム「京都からの提言~21世紀の日本を考える」(読売新聞社など後援)が3月16日、札幌市中央区の北海道立道民活動センターで開かれた。「科学が見いだす日本の進路」をテーマに、幅広い分野の専門家が研究成果を報告し、2010年にノーベル化学賞を受賞した鈴木章・北海道大名誉教授も講演した。パネルディスカッションでは、基礎科学の役割などについて議論。参加した約500人が聞き入った。(肩書はシンポ開催時)

    ◆講演◆宇宙のはじまり

    ◇田中貴浩 基礎物理学研究所教授

     現在、宇宙のはじまりを考えるうえでの基礎となっているのが、アルバート・アインシュタインが1915年に打ち立てた「一般相対性理論」に基づく宇宙論だ。この理論によれば、宇宙は同じ姿のままあり続けることはできず、エネルギーがある限り膨張するとされる。宇宙が広がり続けていることは、既に観測で確かめられている。

     では、どのようにしてはじまったのか。米国の物理学者ジョージ・ガモフは「ビッグバン宇宙論」を提唱し、宇宙は超高温、超高密度の火の玉から始まったと考えた。宇宙のはじまりを説明するモデルとしては非常に良く、日本の林忠四郎博士も、理論の形成に貢献した。

     宇宙が膨張し、冷えていく過程で、水素やヘリウムなどの軽い元素が合成されたということも、理論によるシナリオで説明できる。理論で存在が予言された電波の一種も観測されるなど、証拠も十分あると考えられている。

     ビッグバンが起こる前の宇宙の状態についても、仮説が提案されている。佐藤勝彦・東京大名誉教授らの「インフレーション宇宙」という理論では、物質が存在しない真空という状態自体が、高いエネルギーを持っていた時期があり、巨大な反発力によって急速に膨張した、とする。その結果、温度が下がると水が固体の氷になるように、真空のエネルギーが高温・高密度の無数の粒子に変換され、ビッグバンが起きた。

     この理論では、宇宙が膨張する過程で、真空のエネルギーの密度が高い領域と低い領域が生まれ、その領域間では重力の働きによって物質の集合や離散が起き、星や銀河の形成につながったという推論も導き出されている。宇宙の構造が作られた経緯も説明しようとしているのだ。

     こうした宇宙のはじまりの探究は、現在も世界中で続けられている。

    ◆講演◆過去から学ぶヒトの未来―環境変動と霊長類の進化

    ◇高井正成 霊長類研究所教授

     霊長類の起源は、およそ8500万年前とされる。ヒトを含む真猿類など、現代的な霊長類が出てくるのが4000万~3500万年前で、ヒトの起源は700万年ぐらい前と言われる。

     霊長類が他の動物群と分かれたとされる1億5000万~6500万年前の白亜紀は、安定した温暖な環境で、恐竜が繁栄していた。植生は、シダ類と裸子植物が非常に多かったが、白亜紀前期の終わりぐらいから、次第に花を咲かせる被子植物が増えてきた。

     花には蜜があるから、虫がやってくる。白亜紀の後半から虫が爆発的に増えた。虫を食べる動物が現れ、それが霊長類だったと言われている。

     霊長類の特徴は、物をつかむ能力があり、目が前についていて立体的にものが見えることだ。

     虫を捕るには、足でしっかり枝をつかみ、手でつかまえなければいけない。距離感が大事なので、立体視ができなければならない。視覚的な情報をすぐに処理しないといけないため、脳が発達したのではないか。

     霊長類の進化のもう一つの大きな要素は、約6500万年前の恐竜の絶滅によって、捕食される危険性が減ったことだ。さらに、地球全体の気温が大きく下がるという危機的状況を乗り越えた時に出てきたのが、真猿類という系統だった。

     霊長類が繁栄したのは、体が非常に小さかったことが有利に働いたためではないか。自分たちが生き残るのに必要な小さなスペースを確保することができた。この頃の哺乳類は数年単位の寿命だったと思われ、世代交代が早いので、樹上の新環境にも適応できる多様性があったのだろう。

     過去は未来の鏡でもある。日本は国土の狭い小さな国だが、新しい環境にすぐに適応し、多様化もしている。だから、大きな危機にも対応できるのではないかと思っている。

    ◆講演◆科学を学ぶことの重要性

    ◇鈴木章 北海道大名誉教授 

     私は教育の専門家ではないが、研究者としての経験から、「学問を学ぶ」ということについて話したい。

     誰でも大学の初め頃までは、教科書や先生の教えを手本に知識を身につけるが、大学の高学年や大学院からは、それらを超えて学習することが必要になる。学習とは、自分の考えを出すということであり、今までに覚えた知識をもとに、新しい領域を開いていくことだ。

     ここに、私の一生を決めたと言える2冊の本がある。1冊は、米ハーバード大の教授だったフィーザー夫妻が有機化学について書かれた教科書だ。北海道大の学生時代に、辞書を引きながら読んだ。日本の教科書とは違った様式で、非常に面白く書かれていた。この書物がきっかけで化学を志すようになり、有機化学を専攻した。

     もう一冊は、北大で助手になった頃に書店で見つけたもの。「ハイドロボレーション」という有機ホウ素化合物を作る反応の本で、米パデュー大のハーバート・C・ブラウン先生が書かれた。やはり面白くて、徹夜で読んだ。この本の影響で、有機ホウ素化合物の研究に入った。1963年には渡米し、ブラウン先生のもとで勉強した。

     世界の研究者の多くは当時、有機ホウ素化合物は有機合成反応の材料には適さないと考えていた。結合が強く、安定しており、反応が起きにくいからだ。有機合成は当時、有機金属化合物による反応が一般的だった。だが私は逆に、安定している点は長所だと思った。帰国後の研究で、塩基を使えば合成反応が起きることを発見し、これがノーベル賞の対象になった。

     この「鈴木カップリング」という反応は、農薬や液晶など様々な化学製品に使われている。毒性がないので、製薬にも使える。高血圧の薬や抗がん剤、抗生物質などの製造に応用されている。

     日本のような資源のない国が生き延びていくには、他国が容易に作れない、付加価値の高いものを開発するほかに道はない。将来を担う若い人は、ぜひ科学技術に興味を持ってほしい。

    ◆講演◆大人の脳で新たに生まれる神経細胞とその不思議な役割 

    ◇影山龍一郎 ウイルス研究所教授

     脳はいったん完成すると、新たな神経細胞(ニューロン)は生まれてこないと信じられてきた。だが、人の大人の脳でも、海馬と、側脳室の横という2か所で神経幹細胞が分裂し、新しいニューロンが生まれていることがわかってきた。

     側脳室の横で生まれたニューロンは、嗅球(きゅうきゅう)というにおいを識別する脳の場所へ移動する。海馬の場合は、細胞数個分だけ動く。

     新しく生まれるニューロンの機能を調べようと、マウスを使って研究している。海馬では、約10%のニューロンが大人になってから生まれ、総数が増える。ニューロンが新生しないようにした遺伝子改変マウスで実験すると、正常なマウスに比べて、位置情報を覚えることが遅く、1週間たつと忘れていた。

     自然界でマウスが生き延びるには、どこに餌があり、どこが安全な隠れ家かといった位置情報を覚えることがとても大事になる。海馬でのニューロン新生が、こうした記憶に大きく関わっていることがわかった。

     嗅球では、ニューロンの約60%が大人になってから生まれたもので、細胞の寿命が数か月ほどしかないため、同じくらいの数を維持しようと次々に供給される。嗅球で新生ニューロンが働かないようにしたマウスは、天敵のにおいやフェロモンに対する正しい反応や行動ができなくなった。これらは本来、生まれつき備わっているはずなのに、なぜ新生ニューロンに依存しているのかはわかっていない。

     ニューロン新生は、高次の脳機能を維持する上で、非常に重要だ。研究が進んできた結果、神経幹細胞の維持や、ニューロンを作るのに必要な遺伝子はわかってきた。遺伝子改変により、ニューロン新生を一時的に10倍ぐらいまで活性化させることもできるようになった。将来的には、脳の病気の治療薬開発などにつなげていきたいと考えている。

    ◆講演◆がん細胞を狙い撃ち―中性子捕捉療法

    ◇小野公二 原子炉実験所粒子線腫瘍学研究センター長・教授

     放射線治療の進歩は著しいが、中性子捕捉療法(BNCT)はそれらと本質的に違う治療だ。通常の放射線治療は、体の中に撃ち込んだ放射線で直接がん細胞を破壊する。一方、BNCTは、ホウ素化合物の薬剤をがん細胞に集めた後に中性子を照射することで、ホウ素に核分裂反応を起こさせ、その反応で発生する放射線によって、がん細胞だけを内側から破壊する。

     国内外で使われているホウ素化合物の薬剤は2種類で、いずれも日本人研究者が開発した。日本が世界を牽引(けんいん)する研究だと言える。中でも、1987年に開発された薬は様々な種類のがんに使えるので、研究が大きく発展するきっかけになった。

     BNCTは、脳腫瘍のように手術が難しい部位のがんで威力を発揮し、皮膚に生じるがんにも有効だ。

     研究の一環として治療を行う臨床研究を、2012年度までに約450件実施した。実績では、世界に比肩する施設はない。このうち、再発などのために治療の手段が限られるがん患者26人に行った治療では、4人に1人は治癒し、長期生存している。この割合をさらに上げ、揺るぎない治療法として確立しようと努力している。

     課題は、中性子の発生源として原子炉を使う点だ。通常の医療施設に、原子炉は建てられない。そもそも、原子炉が薬事法上の「医療用具」として認定されなければ、いつまでも研究目的での治療しか行えない。

     昨年10月からは、中性子を発生させる小型装置を使った臨床試験を、企業と共同で始めた。将来的には大学病院などに設置し、治療に使えるようにしたい。

     BNCTは、他の放射線治療が不得意とするところをカバーでき、相互に補完できる。より優れた薬剤が開発されれば、放射線治療並みに対象が広がるだろう。潜在的な力が大きい治療だと考えている。

    ◆パネル討論◆ 

    <コーディネーター>

    九後太一・基礎物理学研究所長

    <パネリスト>

    田中氏、高井氏、影山氏、小野氏

    <ゲストパネリスト>

    津田一郎・北海道大数学連携研究センター長・電子科学研究所教授

    常松健一・読売新聞大阪本社科学部長

    ◇数学は「科学の共通言語」

    九後 「科学が見いだす日本の進路」というテーマについて、ゲストパネリストから意見を。

    津田 数学は進化を続けている学問であり、他のいろいろな分野の学問をさらに活性化させる働きがある。

     米国数学会が発行する専門誌では、数学を100近くの分野に分類しているが、ゲーム理論や経済学だけでなく、生物学なども数学だと主張している。分類表ではいくつかの番号が抜けているが、それは将来開拓される数学の領域があることを示している。

     2011年8月に閣議決定された科学技術基本計画には、領域横断的な科学技術として「数理科学」が入っている。様々な科学に通底した「言語」としての数学を考え、新しい知の創造につなげれば、これまでと違う方向性が見えてくるはずだ。

    常松 京都大の山中伸弥教授が2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞したiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、オールジャパン体制で実用化に向けた研究が進められている。しかし、こうしたケースはまれだ。基礎研究の成果を臨床応用や実用化へとつなげるための支援は、もっと充実させなければならない。

     科学者が研究を進める理由は、知的好奇心と社会的使命感の二つに集約できる。知的好奇心に基づいて得られた成果を社会に還元していく意識、積極的に発信する姿勢が、現代の科学者に求められるのではないか。

    ◇知的好奇心の成果 還元を

    九後 基礎と応用の研究に対し、国民の税金をどう使うべきなのかという議論もある。どう考えるか。

    小野 基礎研究も含め、全体をまとめる視点を持ったリーダーが各研究機関にいなければならない。ある優れた基礎研究と別の研究を統合すれば、新しい技術を生む――というようなことを見抜き、整理する立場の人が必要だ。そうした調整を行う役割に対し、大学などが支援していけばいいのではないか。

    高井 我々が研究する霊長類の進化を見れば、何千万年という歴史の中では1年や10年が短い期間でしかないことがわかる。そう考えれば、皆さんの心にも少し余裕が生まれるのではないか。「無用の用」という言葉があるが、役に立たないことが役に立つという学問になればいいと思う。

    田中 最初から役に立つことにつながる研究をやらなければいけないとなると、我々の研究はすごく狭められてしまう。応用の意識を持つのは大事だが、大学はやはり、いろいろな学問をバランス良く配置し、あらゆる先端研究をカバーしているということが求められるのではないか。

    九後 基礎研究分野はどこが重要になるかわからない。広く薄くお金を配ることが必要だろう。その上で、重要度が増した研究に集中投資すればいい。

    影山 研究だけでなく、人材についても広い分野で育成するべきだろう。光の当たっている分野に人は集まりやすいが、それ以外の分野がいざ必要になった時、人材不足になっていることがあり得る。研究全体の足腰を強くするためにも、幅広い分野の人材育成と投資が重要だ。

    九後 我々大学人は、未知の世界を探究し、より良く先を見通せる地図を作る義務を負っている。しかし、その地図を使ってどの道を行くのかを判断するのは国民だ。的確な判断の材料となる地図を提供していかなければならない。

    2013年04月06日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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