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    「体のなかにある分子コンビナート」 エネルギー理工学研究所 森井孝教授

     我々の研究所は、できる限りいらないものは出さないエネルギー、つまり二酸化炭素を余分に出さず、廃棄物もなるべく減らせるような「ゼロ・エミッション」のエネルギーシステムを社会の中に構築することを目指しており、基幹エネルギーシステムとしての核融合と、分散型エネルギーシステムとしての太陽光エネルギーが、研究の2本の柱になっている。私の研究は、太陽光エネルギーをどうやって使っていくかという分野に属する。

     現在のエネルギー源の大半は有限だ。その中で、太陽光エネルギーは無尽蔵であり、将来のエネルギー需要を補って余りある。地球上で1年間に利用されるエネルギーよりも多いエネルギーが、地球表面に1時間で降り注いでいる。今はもっぱら太陽光「発電」に注目が集まっているが、それが利用法のすべてではない。

     たとえば、植物の光合成は、太陽光エネルギーを利用して、水と二酸化炭素から糖と酸素を作る。バクテリアを含む動物がそれを利用し、細胞のエネルギー源となる分子を合成し、二酸化炭素を出す。地球上の生命にとって、すべてのもとになるエネルギーは太陽光であることを強調しておきたい。

     このように、資源をうまく循環させながらエネルギーを利用するシステムを、社会に持ってくることができないか。こうした研究が近年、非常に活発になっている。我々が取り組んでいるのは、細胞内で行われている化学反応を、細胞外で再現することだ。

    ◆「化学エンジン」としての細胞の仕組みを利用する

     生命活動は、細胞内で起きる様々な化学反応から成り立っている。細胞は一種の「化学エンジン」のようなもので、一定の温度で多段階の反応が進行し、いくつもの異なる反応が同時に起きる。私がこうして話している間にも、体内では、酵素と呼ばれる分子が1万種類もせっせと働いて化学反応を起こしており、そのおかげでしゃべれるし、倒れないで立ってもいられる。

     酵素は食べたものを分解し、細胞を構築する分子の材料とエネルギーを作り出す。生物はこのエネルギーを使いながら、細胞を構築する分子を作る。エネルギーはどうやって使うのかというと、食物から得た糖を、何段階もの化学反応を起こしてちょっとずつ変換し、少しずつエネルギーを得ている。同じように糖でできた紙を燃やして、たくさんのエネルギーを瞬間的に発生させるのとは、異なった使い方だ。

     生物の中でエネルギーが作られ、使われるこうした仕組みは、循環的な資源の使い方ができる非常に良いものだと言える。しかも、体温程度の温度、大気中の気圧という条件で、水さえあれば、その中で起こせる。

     こうした生物のクリーンな物質変換反応を利用するにはどうすればいいのか。

     まずは、微生物や酵母にこうした反応を起こさせて、その一部をエネルギーとして利用する方法が考えられる。ただし、彼らが生きていくためのエネルギーまで取り上げるわけにはいかない。生命の維持には膨大なエネルギーを消費するので、エネルギーを得る効率は良くない。

     次に、「化学エンジン」で働く酵素をそのまま使う方法がある。望み通りの反応を起こしてくれる酵素を見つけ、あるいは作り、それを利用する。この方法は既に化学工業で使われている。また、酵素に代わるすばらしい触媒もどんどん発見されている。

     ただ、生物のすばらしいところは、様々な反応が1個の細胞の中で起こっている点だ。化学工業プラントでは、1種類の化学反応を一つのタンク内で起こして、得られた物質をまた次のタンクで反応させて―――というように、一つひとつの反応を独立させた場所で起こしている。だが、生物のエネルギー消費・エネルギー生成は、多段階の反応が、あるいは全然違う反応が、同じ細胞の中で非常に効率良く、同時進行で起きるのが特徴と言える。

     私はもともと合成化学を研究していたが、そうした立場から見ても、非常にうらやましい反応だ。どうやったらこんなことができるのだろうと思う。

    ◆DNAの折り紙で「コンビナート」を作る

     細胞の中は一見、ごった煮のように雑然として見えるが、詳しく調べると、酵素などの分子は整然と並んでいることがわかってきた。製品を効率良く生み出すために、関連施設が集中的に立地する石油化学コンビナートのようなものだ。我々はこの「分子コンビナート」を細胞の外で再現し、何段階もの反応を効率良く起こさせることを目指している。

     分子コンビナートを構築するには、狙った反応が進むように、ナノ・メートル(ナノは10億分の1)のサイズの微小な酵素を1個ずつ、秩序立てて配置しなければならない。そのためには、個々の酵素を決まった位置に高い精度で鋳型にはめ込み、働かせる「分子の配電盤」が必要だ。

     分子の配電盤を作ることに生かせる技術は2006年、米国の研究者によって開発された。DNAの構成分子は必ず特定の組み合わせで結合し、安定した構造を取るという性質を利用し、DNAを2次元や3次元の設計通りの形に細かく折りたたんでいく手法で、海外でも知られた日本の折り紙になぞらえて、「DNAオリガミ」と命名された。

     折り紙は、ペラペラの1枚の紙からいろいろな形のものを作る。できたものは1枚の紙の状態と比べると、はるかにしっかりしている。特定の模様や配置が生じるような折り方もできる。そんな折り紙のように、自由自在に、様々な形状の「DNAナノ構造体」を作る研究が世界中で進んでいる。

     DNAオリガミはどんどん改良が進んでおり、遺伝情報の配列を「アドレス」として、100ナノ・メートル四方の平面に割り振った「DNAタイル」を作り、それらを並べることも可能になってきた。目的の分子が結合しやすいような工夫をして、DNAオリガミに蛍光たんぱく質やウイルス、金属粒子などを並べる実験が行われている。

     実際に2種類の酵素を近づけて配置すると、2段階の化学反応がずっと早く起きるということも観察されている。

    ◆「案内人」を使って、狙い通りに酵素を配置

     我々の研究室では、DNAに書かれた情報を読み取ってその部位に結合する「亜鉛フィンガー」と呼ばれるたんぱく質に、働かせたい酵素をくっつけ、DNAオリガミの狙った位置に運ばせる手法を開発した。亜鉛フィンガーを「アダプター」、あるいは「案内人」として、目的の番地へとちゃんと案内してもらうという方法だ。2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩博士が発見した光るたんぱく質を結合させて実験したところ、50%ほどは狙ったところへ運んでくれた。

     たんぱく質は単独で働くものもあれば、複数がくっつかないと機能を発揮しないものもある。1個ではなく、2個がくっついて働く酵素の場合は、案内人も二つ必要になる。

     我々が開発した技術などが発展していけば、細胞内の化学反応を再現するだけでなく、生物ではできない反応を連続して起こせるようになるかもしれない。エネルギーを高効率で利用できる材料などの開発に生かせる可能性もある。

    □もりい・たかし□ 1988年京都大大学院工学研究科博士後期課程修了。米カリフォルニア工科大研究員、京都工芸繊維大助手、京大エネルギー理工学研究所講師などを経て、2005年に同研究所教授。専門は生物機能化学。

    ◆Q&A

    Q:なぜ亜鉛フィンガーに注目したのか。

    A:研究を始めた若い頃から遺伝子の読み取り機構に興味があり、亜鉛フィンガーのような転写調節因子を研究してきた。それがあったので、DNAオリガミの特定の場所を狙おうという研究を進める時には、これまで慣れ親しんだ分子を使おうと思った。それと、四つのアミノ酸をいじると、ある程度は自分が狙ったDNAの配列に結合する亜鉛フィンガーをデザインできることが海外の研究でわかっていたので、いずれは欲張って5種類も10種類も酵素やたんぱく質を並べたい時に使えると考えた。

    Q:将来の代替エネルギーに生かす研究ということだが、産業界、工業界が今日の講演内容のレベルに達するには30年先でも難しいように思えたが。

    A:手法として、こういうことができるだけの技術を、産業界は現在でも持っている。ただし、問題になってくるのはコスト。我々も30年先にこうした技術がそのまま使えるようになるとは思っていない。分子コンビナートが産業界、あるいは社会で使われるようになる時には、DNAオリガミではなく、別の方法で並べる技術が生まれているだろう。一口に並べるといっても、5ナノ・メートル離せばいいのか、10ナノ・メートルなのか、あるいはどのような配置がいいのか、といったことなど、いろいろわからないことがあるので、今、こうした研究を通じて、分子コンビナートを作るための原理をつかもうとしている。

    2013年01月28日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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