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    「放射線の攻撃からゲノムを守る」 放射線生物研究センター 井倉毅准教授、 「内なる敵アルデヒドの攻撃からゲノムを守る」 同センター 高田穣教授

    ■井倉毅准教授

     体の中で働く様々なたんぱく質は、ゲノム(全遺伝情報)をもとに作られる。細胞核内のDNAはその担い手であり、放射線や化学物質、活性酸素による酸化反応などで傷付いた場合でも、修復する機能を備えている。今、放射線は非常に問題になっているが、我々の体は放射線が当たっても、すぐにがんになったり死んだりするのではなく、DNAの傷を治す「修復システム」が存在している。DNAが傷付いた時、修復には多くのたんぱく質がかかわる。修復を直接担うたんぱく質のほかに、一見無関係のようなたんぱく質も重要な役割を果たしていることがわかってきた。

    ◆ゲノムだけでは説明できない

     DNAの変異は、がんを引き起こすなど、病気と深く結び付いていることが知られている。生命活動の中心となるのはたんぱく質だが、たんぱく質を作る過程で遺伝情報を読み取る必要がある。例えば、遺伝子Aが放射線などによって傷付いたとする。そうすると遺伝子Aに変異が起こり、この遺伝子から作られるたんぱく質が、細胞の中できちんと働かなくなる。そのことが原因で、がんができる。

     だから、ゲノムを解析すれば病気の原因がすべてわかるだろうということで、人のゲノムを解読するプロジェクトが行われた。だがその結果、ゲノムだけでは説明できない病気がたくさんあるということが明らかになった。

     この問題を説明できるのではないかと期待されている新しい学問分野は、「エピジェネティクス」と呼ばれる。「ジェネティクス」は遺伝学の英語名、「エピ」は「その上の」とか、「外側の」という意味だ。

     ゲノムをもとに作られるたんぱく質も、ある時は遺伝子Aがたくさん読み取られて、たんぱく質Aがたくさんできるかもしれない。その際、遺伝子Bに基づくたんぱく質Bや、遺伝子Cに基づくたんぱく質Cはそうでもないかもしれない。つまり、遺伝情報をもとにたんぱく質が作られる度合いには、いろいろなバリエーションがあるということがわかってきた。

     音響機器にたとえると、遺伝子Aにチューナーを「強」にするスイッチが入り、たんぱく質Aがたくさんできる。Bは「弱」、Cも「弱」であれば、それぞれのたんぱく質は少ししか作られない。こういうことは、ゲノムだけでは説明できない。ゲノムはあくまで「たんぱく質Aを作る」という情報に過ぎない。

     ゲノムによってたんぱく質が作られる順番は、どうなっているのだろうか。A、B、Cを作る時に、まずAが作られてBが作られてCが作られる。あるいは、B、A、Cの順でもいいが、どういう順番で作るのかという情報は、ゲノムには載っていない。

     何が遺伝子の働きの強さや順番を決めているのか。こういったことも病気の原因になっている可能性があるのではないか。そう考えるのが、エピジェネティクスという新しい学問だ。

    ◆修復をコントロールするたんぱく質

     では、エピジェネティクスを支配している仕組みは何だろうか。

     着目したのは、「ヒストン」と呼ばれるたんぱく質だ。DNAの二重らせん構造は、伸ばせば全長2メートルにもなる。これを、細胞核の中に効率良く収まるようにぐるぐると巻き付ける「糸巻き」の役割を果たすのが、ヒストンだ。

     DNAの傷を治すにはまず、どこに傷が生じたのかを認識する必要がある。「ここに損傷が起きました」というシグナルを細胞に伝えなければいけない。その後に、修復たんぱく質が治す。この過程が繰り返されている。

     観察しやすいように、修復たんぱく質が発光するようにした上で、DNAに傷を与える実験を行うと、修復たんぱく質が「えらいことになった」と傷口に集まった。この時、傷の周囲のヒストンの動きを調べると、DNAから離れた状態になっていた。次に、ヒストンがDNAから離れないような操作をしてからDNAを傷付けると、修復たんぱく質の動きも鈍くなり、傷を治す能力も低下した。

     大きな傷が生じた時、ヒストンが「これはでかい傷だ」とSOS信号を打ち上げるので、修復たんぱく質が傷の周りで騒ぎ立てるのかもしれない。逆に、小さな傷の時は、ヒストンはちょっとだけ動いて、「この傷はたいしたことない」というように、その程度を伝える信号を出しているのかもしれない。

     こうした研究の内容を今後、がん研究につなげられないかと考えている。新しい抗がん剤の発見、がん研究における診断学の向上など、DNA修復研究の分野から医療に貢献できる仕事をしたいと思っている。

    □いくら・つよし□ 1997年京都大医学研究科博士課程修了。米ハーバード大博士研究員などを経て2009年から現職。専門は分子生物学、生化学。

    ■高田穣教授

     DNAが受けるストレスは放射線だけではない。アスベスト、食品中の発がん物質、あるいはウイルス感染などもストレスになると言っていいかもしれない。我々の研究所は放射線を専門にしており、放射線によるDNAの損傷が、初期の段階ではどのような反応を示すのか。また、放射線のようなストレスに対し、生命がいかに適応するのか。これらの課題の解明を目指している。さらに、病気の防御メカニズムの原理を明らかにしていくことも重要だと考えている。

    ◆遺伝性の病気を調べて、防御の仕組み解明

     演題で、体の中の「内なる敵」とした「アセトアルデヒド」は、発がん物質だ。お酒を飲んだ後にアルコールが体内で分解された時に生成され、それ以外にも体内で自然発生している。

    アセトアルデヒドも、DNAを傷付ける。生命はこの攻撃に対し、アセトアルデヒド自体を分解することと、傷付けられたDNAを修復するという二つの戦略によって立ち向かっていることがわかってきた。

     このような体を守る仕組みを解き明かすために我々が研究対象としているのは、新生児10万人に1人の割合で発症し、白血球や赤血球などの血液細胞が十分に作られなくなる「ファンコニ貧血」という遺伝性の病気だ。血液細胞を作る骨髄の幹細胞がうまく働かなくなり、高頻度で白血病を発症する。口腔がんや舌がん、食道がん、あるいは女性生殖器のがんにもなりやすいことがわかっている。

     病気の原因となる遺伝子は、骨髄幹細胞のDNA修復に寄与していることが知られている。ファンコニ貧血の患者では、この遺伝子がきちんと働かないため、修復たんぱく質の機能が欠損し、骨髄幹細胞のDNA損傷が治せないまま蓄積してしまう。また、患者のDNAは紫外線やエックス線などからの攻撃に対しては、正常な人とあまり変わらない耐性がある一方で、アセトアルデヒドからの攻撃には弱いという特性がある。この患者を調べ、通常の人と比べることで、アセトアルデヒドによってDNAが受けるダメージやその修復、アセトアルデヒドの分解といった防御の仕組みが、病気の発症にどのように、あるいはどの程度影響しているのかを見極めることができる。

    ◆分解と修復――二段構えの戦略

     人はアセトアルデヒドを分解する酵素を持っているが、日本人でこの酵素が正しく働くのは半分に過ぎない。日本人のファンコニ貧血の患者を調べれば、(1)アセトアルデヒドの分解(2)アセトアルデヒドで傷付いたDNAの修復――という二段構えの防御戦略がどう機能しているかがわかるはずだ。

     実際、この酵素の働きが弱い患者ほど、ファンコニ貧血の症状の進行が早いことが明らかになりつつある。この酵素が働かない患者は、アセトアルデヒドを分解できず、DNAが受けたダメージも修復できない。一方、酵素が働かなくてアセトアルデヒドを分解できない人でも、正常に機能する修復たんぱく質によって守られている。だから、日本人の半分を占めているアセトアルデヒド分解酵素が機能しない人たちも、健康に生きることができている。

     研究の結果、ファンコニ貧血では、アセトアルデヒドによるDNAへのダメージをいかに少なくするかが重要であるということが確かめられた。ファンコニ貧血を治すには骨髄移植が必要だが、移植という手段に頼らずに治療できないかと考えている。

     まずは、お酒の摂取などで生じるアルデヒドの量を下げなければいけない。それから、体内で自然に作られるアルデヒドも、何とかして抑えたい。そのためには、どうやってアルデヒドが産生されているのかをちゃんと詰めなければいけない。分解酵素の活性を高くする薬や、ほかに大事な酵素がないかといったことについて研究を進めることが今後、焦点になってくるだろう。

    □たかだ・みのる□ 1982年岡山大医学部卒、92年に同大学で医学博士取得。米エール大博士研究員などを経て2007年から現職。専門は分子生物学、遺伝学。

    ◆Q&A

    Q:DNAの損傷は、放射線や紫外線を浴びることや、化学物質による「ストレス」によって引き起こされるという説明だった。よく「人間関係でストレスを感じる」といった表現があるが、いわゆる精神的な「ストレス」はDNAに影響しないのか。

    高田:今日、説明の中で使った「ストレス」という言葉は、非常に広い意味で使った。生命は、日頃感じる何らかの「生きにくさ」に対抗するため、様々な戦略を採っているが、その「生きにくさ」がストレスということになる。「職場でストレスがある」というような場合と意味合いは違うが、最近はいろいろな報告があり、神経の高ぶった状態が続くと、DNAに傷が生じるという研究も出ている。精神的なストレスが、ゲノムへのストレスに通じている可能性もある。

    Q:遺伝子損傷の一つの形態として、DNAの構造が変わることがある。その構造の変化を、生体はどうやって感知するのか。

    井倉:構造の変化を認識する何らかのたんぱく質があると思う。ただ、DNAの傷をどうやって感知するかという仕組みはわからない。長いDNA修復研究の中で、そこだけがクエスチョンのままで残っている。

    Q:DNAが修復されるという話だった。進化というのは、DNAがどんどん変化することだと思う。進化と修復とは、どんな関係なのか。修復と言っても100%は修復できないと思う。どのぐらいの割合で修復されて、どんな変化は残って次の世代に伝わっていくと考えられるのか。変化して良かったものは代々、子孫に伝わって進化につながるのかなと思うのだが。

    井倉:はっきり言って、僕らもわからない。修復が必要だと認識してDNAの傷を治すのか、それとも環境適応の中で残していくのかは、非常に大事な問題だが、現時点ではわかっていない。

    高田:DNAの傷を完全に治すと進化はない。少し失敗することで進化するとおっしゃったが、それでいいと思う。ただ、どのくらいの量かと言われると、わからない。

    2013年02月11日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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