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    「生老病死に対する日本人の経験智と自己決定」 こころの未来研究センター カール・ベッカー教授

     「生、老、病、死」の4本柱で話を進めたい。

     まずは「生」について。

     あなたは目が覚めた時、「目が覚めてよかった」「生きられてよかった」と思うことができるだろうか。

     生きることは当たり前ではないし、有意義に生きるかどうかは自分の心が決めることだ。自分が置かれた状況が「幸」なのか「不幸」なのかは見方次第、という側面が大きい。

    ◆ストレスあふれる現代社会の「生」

     ストレスは病気の大きな要因とされるが、現代人は人間関係の多様化や生活環境の変化から、これまで存在もしなかったストレスに直面している。自覚できないストレスには、空気や水質の汚染、座りっぱなしの生活などが挙げられる。

     例えば、ブラウン管などの電子機器からは、4万ヘルツという高周波が出ている。人の耳には聞こえない音域だが、それは生活と無縁な音なので、脳が排除しているからだ。意識できないが、聞こえない音にも体が反応することによって、栄養を消費するし、ストレスは高まる。

     他方、自覚できるストレスも増えている。報告や締め切り、乗り物の時刻といった時間に攻められるストレスや、メール通信・携帯通信などによって複雑化する人間関係によるストレスもある。 

     ゴルフやカラオケ、酒でストレスを解消しようとする人もいるが、そんな人たちも尿検査をすれば、ストレスを取り除けていないことがすぐにわかる。ストレスは胃酸の分泌を増やし、血液は脂肪酸を増して血圧が上がる。放置すると胃潰瘍や動脈硬化、心筋梗塞など、死に至る病が次々と起きかねない。

     サルが作物を食べに畑へ入ると、マムシに遭遇する。これは、サルにとって大きなストレスだ。サルの体の中では、人間と同じ状況が起きている。

     その時、サルはどのようにしてストレスを解消するのだろうか。きーっと叫んで1キロも先に逃げてしまう。それが哺乳類の唯一のストレス軽減法(有酸素運動)であることを、サルは無意識に実行しているわけだ。

     人間の場合、怒る上司の前から逃げたいと思っても、できることではない。そんな夜にはジョギングや畑仕事、風呂掃除といった有酸素運動をすると、胃酸や脂肪酸が減り、ストレスの悪影響を避けられる。

     良質な睡眠も大事だ。「眠れない」と訴える患者も多いが、運動していなければ、それも当たり前だろう。20分も有酸素運動をすれば、よく眠れるはずである。

     もう一つの対処法は、ビタミン、ミネラル、イソフラボンなどをとり、ストレスで失われた栄養素を取り戻すこと。これらは魚や海藻などをふんだんに使う和食に豊富に含まれるから、欧米では日本食が非常に高く評価されている。

     ストレス予防には瞑想(めいそう)も効果的だ。

     日本人には明治期まで、朝晩に独特の瞑想を行う習慣があった。1本の線香が燃え尽きる間に仏壇に向かい、「なんまんだぶ」などと唱える。座禅のように目を閉じる瞑想と違って雑念が入りにくく、10分も続けると、脳が落ち着いたことを示す脳波「α波」が出る。この習慣が優れたストレス対処法であることは、米ハーバード大などの研究で証明されつつある。

    ◆老いることの素晴らしさ

     我々はみんな老いる。

     私が育ったハワイでは、若さばかりが賛美される。例えば、タイプライターを1秒間に何字打てるかなど、とにかく速さや強さを尊ぶという考え方で、肉体を少しでも大きく鍛え上げるのがよいと教えられた。

     京都に来た時、1ページの文を書くのに何分も考え、ゆっくり筆を回して素晴らしい字を書くのを見た。誰のために何を書けば喜ばれるのか考えるという。ハワイでは単に喉を潤す水分でしかないお茶を、日本では、瞬間を心に刻む儀式として、茶道にまで仕立てている。

     速さと強さという動物的な評価だけでは、若い頃はよくても、年を取ると自尊心を失うことになってしまう。だが日本では、80歳を超えた茶道の家元が、まねのできない茶席をもうける。80歳を過ぎた女性が舞う踊りを見て、その優美さ、優雅さに圧倒される。身に着けた芸によって精神を、奥深い歴史に反映させている。

     日本には、茶道や舞踊のほか華道、書道など、年齢を経るごとに腕を磨き、人格を磨いていく文化がある。身体を見ているだけでは、このような文化を持つことはできない。日本文化に触れて、「年をとるごとに、よりよい人間になれる」という希望を持つことができた。

    ◆看取りは浄土への旅立ち

     私が来日した40年前、多くの日本人の死に場所は自宅だった。家族が身内の往生を共有することで、老いや死という自然の摂理を受け入れてきた。死に直面しても、「あの世」で親や友人に再会できるという希望を抱き、死を恐れない文化があった。

     けれども、20年もたたないうちに、日本人の多くが病院で死ぬようになり、近親者の死を看取ることがなくなってきた。死を知らなくなった結果、日本人は死を恐れる民族に転じた。

     伝統的な日本の家屋には仏壇があって、家族は「いってきます」「ただいま」などと、先祖に声をかける習慣があった。死者とも交流ができていたし、死者と再会できるという希望があった。

     あの世で親や亡くなった友人と会えると思うと、生前の世界ばかりに執着せずに、前向きに生きることも考えられる。つまり、死後の世界の可能性が、生きている間の癒やしにつながるとも言えよう。

     死後の世界をどのようにイメージするかはその人次第なのだが、<あり得ない>と思うのと、<あるかもしれない>と思うことでは全く意味が違ってくる。

     「あっちで会いたい人おらんか」と尋ねて「あっちってどこ」と聞く日本人には、これまで会ったことがない。普通は「あっちに行ったら、もしかしたら父ちゃんと母ちゃんに会えるかな。会えるかも」となる。その場合、患者の「体」には希望は見いだせないのかもしれないけれど、別の側面の希望を抱くことができる。

     生と死は無意味ではなく、自然の摂理の連続にある。これは日本人の智恵だ。

    ◆終末期の準備を、家族とともに怠りなく

     日本では、終末期にどのような医療を受けたいかなどを生前に決めておく習慣ができていないため、死に臨んで混乱が起きる。

     もちろん、いつから入院するのかを決められるわけではない。病気の進行だけでなく、突然の交通事故で脳がダメージを受けたり、薬の副作用でしゃべれなくなったりした場合、どのような処置を受けたいかという選択が生まれる。医療の発達に伴い、この数十年だけでも選択肢が増えたが、不幸な出来事も生んでいる。

     例えば、おじいちゃんが倒れた時、家族は延命すべきか、尊厳死を見守るべきかと意見が対立し、仲たがいする、というようなケースが多く見られる。おじいちゃんが事前に選択を明示していれば、家族の対立を避けられたはずだ。

     実は亡くなる患者よりも、遺族の方が悲惨な状況に陥る場合がある。大事な人を亡くした悲しみが癒えないと、事故や急病、突然死や自殺など、さらなる不幸に見舞われる。日本人が昔、「たたり」といった現象だ。

     肉親の死後に突然、事故を起こすのは精神統一ができていないからであり、急病になるのは免疫力が低下しているからだ。大事な人を失ってしまった結果の、当然の帰結だろう。

     欧米の一部の病院では、グリーフケア(悲嘆のケア)会と呼ばれるパーティーを病院や在宅、ホスピスで開いている。余命3か月の患者が友人、家族などを呼んで7回ほど繰り返すが、本人が亡くなってからも遺影を見ながらのパーティーを開く。そうすると、肉親の死後に事故や病気に見舞われる確率が下がる。

     こうした対処法が、何かに似ていると思わないだろうか。宗派によって言い回しは違うが、日本人の初七日や四十九日、初盆などの行事のことだ。日本人は昔からこのような行事を繰り返すことで、二重の不幸が軽減されることを知っていた。つまり、これもまた日本人の智恵だ。

     和食や瞑想でストレスを軽減し、一期一会で一瞬を大事にする。死者を尊敬し、葬式やその後の行事で二重の不幸を防ぎ、人生をありのまま受け入れる。

     この日本人の伝統と叡智は捨ててほしくない。

     生老病死については、科学だけでは応えきれないことがある。その時にこそ、日本人の心、経験智に答えをみいだそうではないか。

    □カール・ベッカー□ 1981年、米ハワイ大東西センターで東西比較哲学の博士号を取得。大阪大文学部講師などを経て92年に京都大教員、2007年から現職。専門は生命倫理、医療倫理。「死の体験」「愛する者の死とどう向き合うか」など多数の著書がある。

    2013年05月20日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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