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    「クォーク、グルーオンから核力へ」 基礎物理学研究所 青木愼也教授

     物をどんどん小さくすると、最後は原子に行き着く。

     原子の真ん中には原子核があり、その周りを電子が回っている。1918年に、原子核にはプラスの電気を持つ陽子があることがわかった。しかし、原子核の重さを考えると、どうも陽子だけではなく、陽子と同じような重さで電気的に中性のものも存在すると考えられた。それが中性子で、1932年に見つかった。

     これらの粒子の発見で、世の中すべてが、電子と陽子と中性子の三つでできていると考えられるようになった。ただし、分からないこともあった。原子核を作る陽子と中性子は、どんな力によって原子の真ん中で固まっているのか、ということだ。

    ◆陽子と中性子をくっつける力

     当時知られていた力の一つは、ニュートンの万有引力だが、弱過ぎて、とても粒子同士をくっつける力はない。次に考えられたのは電磁気的な力だったが、これも引力にはならない。プラスの陽子同士は反発し合うし、中性子は電気的に中性なので、陽子とも別の中性子ともくっつかない。そこで、新しい力として「核力」という考え方が出てきた。

     プラスの陽子同士をくっつけるために、核力は電気的な反発力より強くなければならない。しかし、我々の目に見えるところには働いていないため、力が及ぶのは、原子核を作る程度のごく微小な距離だろうとも推測された。

     核力について、世界中の多くの物理学者がいろんな理論を考えたが、正解を出したのが湯川秀樹さんだった。陽子や中性子は、未知の粒子を交換することで力を伝達すると予想。その粒子の質量を計算すると、陽子と電子の中間の重さだったことから、「中間子」と名付けた。理論の発表後、中間子が実際に発見され、1949年に日本人初のノーベル賞を受賞した。

     力というのは、目に見えないわけの分からないものではなく、実はある種の粒子を交換することで伝わるというのが現在の考え方だ。

     例えば、電磁気的な力は、光子を交換することで力を伝達する。マイナスの電子同士が反発するのは、スケートリンクにいる二人がキャッチボールをするようなものだ。つまり、投げた人は反動で後ろに下がり、受け取った人も反動で下がる。投げ合いを繰り返すと二人はどんどん離れる。これが粒子の交換によって発生する反発力だ。

    ◆近づき過ぎると、反発する

     これまでの実験で、核力には、粒子同士の距離に応じて、三つの特徴があることが明らかになった。湯川さんの中間子論では、距離が一定以上離れている場合の力はよく説明できる。ところが、より近い距離では引き合う力が強まり、中間子の交換だけでは説明しきれなくなった。

     後に、近い距離では中間子1個を交換するのでなく、2個を同時に交換したり、より重い別の中間子を交換したりして、引き合う力が増すことが分かった。さらに、粒子同士がもっと近づくと、引き合う力ではなく、強い反発力(斥力)が支配的になることも分かった。近距離に何か硬い芯があるようなイメージのため、これは「斥力芯」と呼ばれる。

     斥力芯の考え方は重要だ。これがないと、粒子同士が引き合う力で原子核はどんどん押しつぶされてしまうことになる。原子核がつぶれずに一定の大きさを保つためには、引き合う力だけではなく斥力芯の存在も必須と言える。

     斥力芯は、宇宙物理分野でも重要になっている。恒星は燃え尽きると最終的には収縮していくが、斥力芯があるために、ある所でそれ以上つぶれなくなり、強い反発力が生まれる。その反発力がきっかけとなり、超新星爆発が起きるのではないかとも考えられている。

    ◆スパコンを駆使して核力を導き出す

     長らく陽子や中性子、中間子は素粒子だと思われてきたが、研究の進展に伴い、新しい仲間が数百個も発見された。あまりに多いため、これらは素粒子ではなく、もっと基本的な粒子でできていると考えられるようになった。そこで登場したのがクォークだ。

     クォークは6種類ある。そのことを1973年に予想したのが、物理学者の小林誠さんと益川敏英さんだった。実験で理論が証明され、2008年にノーベル賞を受賞した。

     原子核をつくる陽子や中性子はクォーク3個でできており、グルーオンという糊(のり)のような役割をする粒子がクォーク同士を結びつけている。

     クォークはグルーオンを交換することで力を伝達するが、媒介するグルーオン同士も互いに作用する。これは電磁気力を伝達する光子にはない重要な性質だ。クォーク同士は近づくと力が弱まるが、離れると引き合う力が強くなり、クォークは1個を単独で分離できない。この性質を理解するには、クォークがひもでつながっていると考えればいい。近づくとひもが緩んで力が働かないが、離れようとしても伸びきるとそれ以上離れられない、というわけだ。

     我々のチームはクォークやグルーオンの力から、陽子や中性子の力の関係、つまり核力を導こうと考えた。しかしこれは、非常に困難なことだった。例えるなら、個々の人間関係から国家間の関係がどうなるかを予想しろ、というような難しい問題だったからだ。

     そこで、細かく格子状に切った仮想的な空間に陽子や中性子を置き、核力を数値計算により求める方法を考案した。計算はあまりに膨大だったが、2006年に高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市)に導入された当時の世界最高速クラスのスーパーコンピューターがその困難な計算を可能にした。

     約3000時間かけて計算した結果、遠距離での引き合う力や近距離での斥力芯などの核力の特徴をよく再現した結果が得られた。斥力芯の兆候だけでも見えたらいい、と考えていたが、予想を超えるすばらしい結果が出た。この成果は、英科学誌ネイチャーによる2007年のハイライト研究21論文の一つとして、山中伸弥・京都大教授のiPS細胞(人工多能性幹細胞)とともに選ばれた。

     ただし、当時用いたスパコンの能力不足から計算には不十分な点があり、その改良が今後の最大の課題だ。そこで、理化学研究所のスパコン「京(けい)」(神戸市)を用いて、2015年度までにほぼ完璧に計算することを目標にしている。

    □あおき・しんや□ 1982年東京大理学部物理学科卒。米ニューヨーク州立大博士研究員、筑波大教授などを経て、2013年4月から現職。筑波大などが設立した計算基礎科学連携拠点の拠点長も09年から務める。

    ◆Q&A

    Q:核力は2個の粒子の間に働く力で考えられているが、粒子がそれ以上ある場合はどうか。

    A:例えば、粒子が3、4個の場合の力はどうなるかは、現在でも完全には分かっていない。3個の場合、単純に2個だけの力の足し合わせだけで説明できるかどうかは未知で、3個になって初めて現れる力もあるのではないかと言われている。さらに粒子を4個集めて初めて現れる力があるかどうかなど、実験的に分かっていないことはまだまだ多い。

    Q:クォークはなぜ6種類もあるのか。

    A:実は、世の中のほとんどは2種類のクォークだけでできている。恒星の内部など極限状態でないと他の4種類のクォークは現れてこない。なぜこうなっているのかは、いまだに謎で、合理的な説明はない。

    Q:素粒子の定義は「それ以上分割できなくて変化しないもの」と教わったが、今でもそうなのか。

    A:それ以上細かい構成要素にならないという定義は昔と変わらないが、現代の考え方では、素粒子自身が他の素粒子に変わることは許される。何が素粒子かは、時代によって変わってきた。以前は電子や陽子、中性子は素粒子だと考えられていた。電子は今も素粒子のままだが、陽子と中性子は素粒子ではなく、クォークやグルーオンが素粒子だ。しかし、これらが本当に素粒子なのか、それともさらに小さい構成要素があるのか、については分かっておらず、これからの実験によって決まっていくことだ。

    2013年10月14日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
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