文字サイズ

    地層が物語る奇跡の湖 福井県・水月湖

     福井県の景勝地である「三方五湖※」(若狭町、美浜町)の一つ、水月湖は地質学の研究に欠かせない湖として世界の研究者から注目を集めている。約7万年分の堆積物が地層として積み重なった「年縞ねんこう」が湖底にあるからで、各時代の遺跡の年代特定や地球規模の気候変動などに関する研究に役立っている。(山崎光祥)

     ◇黒白色分け

    • ボーリング調査が行われた水月湖(8月、福井県若狭町で)
      ボーリング調査が行われた水月湖(8月、福井県若狭町で)

     水月湖(水深34メートル、面積4・15平方キロ・メートル)の7万年分の年縞は、横じまのような地層が無数に積み重なっている。地層1枚あたりの厚さは平均0・7ミリで、湖底から地下45メートルの深さに達する。1990年代前半、国際日本文化研究センター(京都市)などのチームがボーリング調査し、発見した。

     各地層は暖かい季節と寒い季節で黒っぽい色と白っぽい色に規則正しく色分けされている。黒っぽい色は、春から秋に繁殖した植物性プランクトンの死骸が、白っぽい色は晩秋から初冬に積もった鉄分を含む粘土が、それぞれ交互に約7万年分堆積。これほど長い年縞の発見は、世界的にもほとんど例がないという。

     年縞は通常、波や魚が作る水流と、ミミズの活動などで簡単に壊れてしまう。なぜ、水月湖では無事に残ったのか。

     水月湖の年縞をテーマにした「時を刻む湖」(岩波書店)の著者で、91年の発見時から調査に参加する中川毅・立命館大学教授(古気候学)は、〈1〉四季がある〈2〉周囲にある山で風が遮られ、嵐でも湖面の波が静か〈3〉水深が深い〈4〉湖底は無酸素状態で生物がいない――などを条件に挙げる。

     ただ、地層1枚の厚さを平均0・7ミリで単純計算すると、水深が34メートルの水月湖なら約4万8500年で堆積物で埋まることになる。そうならないのは近くに活断層があり、断層運動によって湖底が年平均1ミリずつ沈降しているためだ。埋まる量と沈む量がほぼ同じになっており、研究者の間で、水月湖は「奇跡の湖」とも言われる。

     ◇世界標準

    • 水月湖で採取された年縞。上端には、姶良カルデラが大噴火した際の火山灰が堆積している(中川教授提供)
      水月湖で採取された年縞。上端には、姶良カルデラが大噴火した際の火山灰が堆積している(中川教授提供)

     水月湖の年縞は、考古学で遺跡などの年代を特定する際に使われる「放射性炭素年代測定法」の精度向上に貢献している。

     これは、植物が光合成で取り込んだ放射性炭素が、約5700年ごとに半減していく性質を応用し、遺跡などの試料に残された量から年代を換算する方法だ。現在、換算表は約1万3900年分まで遡れる。だが、放射性炭素は理論上、5万年前まで遡って測定できる。

     中川教授は、約3万6000年分の空白を水月湖の年縞で埋めようと、2006年、当時所属していた英ニューカッスル大を中心に日英独の国際チームを結成し、責任者に就任。1990年代前半のボーリング調査では、欠損した地層が少しあったが、この時は、欠損した層がない完全な7万年分の年縞を採取した。

     7万年分の年縞のうち5万年分について、顕微鏡やエックス線のスキャナーで地層の数を数え上げた。その中から取り出した落ち葉約500枚などで放射性炭素の残存量を計測し、5万年分の換算表を作成した。2012年7月の放射線炭素の国際会議で世界標準に認められた。

     ◇地球規模

     こうした水月湖の年縞には、洪水や巨大地震によって湖内に流れ込んだ土砂などの厚い地層が残っている。約3万年前の層からは、厚さ約20センチ分の火山灰が見つかった。

     分析の結果、600キロ以上離れた鹿児島湾奥部の「姶良カルデラ」が大噴火した際の火山灰だった。09年、この火山灰は、2万9000年前ごろのものと推定されていたが、水月湖の年縞で1000年分遡った。

     他にも、年縞に埋もれた花粉から大昔の若狭地方の植生を年単位で復元して世界中の同様のデータと比較し、地球規模の気候変動がどこで最初に起きたかを読み取る研究なども行われている。

     中川教授は「外国の離れた地点間の植生などのデータを詳細に比較できるようになり、気候変動の研究が進んだ。世界の地質学者で水月湖を知らない人はいない」と話していた。

     ※三方五湖 三方湖、水月湖、菅湖、久々子(くぐし)湖、日向(ひるが)湖の総称で、国の名勝。世界的に重要な湿地として、ラムサール条約湿地にも指定されている。

    2015年12月28日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大阪本社社会部から
    リンク